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2009年 09月 28日
もう酔わせないでおくれ、my ラムちゃん。麗しの君は妹が数百円で買ってくれたインドネシア土産ラム酒。 まず宣伝。『Kanta Canta La Vita』が字幕制作に関わったイタリア映画作品が公開されることになりました。裏イタリア映画祭を企てている人間の第一歩としてはかなりかなり上々です。「アゴスティ」とか「モリコーネ」とか、「クワルティエーレ」とか「愛の渦」とか、「カーネーションの卵」とか「快楽の園」とか、"Quartiere"とか"Uova di garofano"とか"Il giardino delle delizie"とか"Silvano Agosti"とか"Ennio Morricone"とか「姉妹都市映画祭」とか、キーワードはたくさんありますが、興味をそそられた方はすべからくコチラへ!! えっと、上記を見ていただくまでもなくここでも載せちゃいましょう。 イタリアを代表するインディペンデント映画の勇者、シルヴァーノ・アゴスティの作品が本邦初公開です。今回は代表作3作品に限った特集上映ですが、初めて日本で翻訳された「誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国」もなかなかの売れ行きのようですし、何ならこの映画祭の機会にもうちょっと売れたら良いのにとかも思うわけで、おそらくアゴスティの再評価が進むことは、これからの日本の社会と映画界に少なからぬ良し悪しの影響をもたらすと信じております。 ところで8ヶ月もほったらかしにしているブログはもはやブログとさえ呼びません。『Kanta Canta La Vita』です。実に、実にいろんなことがありました。ただ歌えていないだけです。幹太(KANTA)は人生(LA VITA)を歌う(CANTA)つもりではいるのです。 大阪市北区天神橋筋界隈の「ニエプスの庭」のあるアバラ家から脱出し、京都市は梅小路公園が歩いて数秒の地域に引っ越して4ヶ月が経ちました。障子に張り付くように暴れていた「Go!キブーリ」に寝込みを襲われ、今こうしてキーボードを叩きます。つい覚醒しちゃったのです。 アゴスティ映画プレミア上映は10月23日から27日。その日の上映の最終回、場合によってはその前の回も、われらODC(大阪ドーナッツクラブ)のメンバーの誰か知らんがそこにいるはずです。『Kanta Canta La Vita』ことオールドファッション幹太も上映終了時には間違いなく駆けつけます。隙あらば、今後のイタリア映画と日本におけるイタリア映画上映について語らいましょう。FUOCO!! 2009年 02月 01日
最近は1時間に2000m泳ぐことを目指しています。目指しているため、まだ達成はできていない『Kanta Canta La Vita』です。体調を崩して自我の「タガ」みたいなのが外れかけてくると、口の中の歯が巨大化する錯覚に囚われる僕の前世は鯨だと信じて疑いません。夜、仕事が終わってからプールに向かうと、そこには青年中年高年スイマーの姿しかないのだけれど、子供向けのスイミング・スクールが開かれる土曜日の日中となるとその光景は一変する。緩慢な水しぶきの音しか聞こえない普段の空間に、子供たちの喚声とコーチの叱咤激励がこだまし、いつの間にか忘れてしまっていた「キッズ特有の元気」で満たされる。細くて短い腕をめいっぱい伸ばして、それをぐるんぐるん振り回すようにして泳ぐ彼らの姿は、僕に若いトビウオを思わせる。トビウオが果たしてどのようなものかは実のところよくわからないのだけれど、きっとトビウオの肌も子供たちのそれみたいにツルツルペカペカしてるんじゃないかしらん。硬くて大きなウロコがびっしり…、 とかいうのとは違うものを想像します。そんな実にトビウオのような子供たちの泳ぐ姿を眺めていると、老いた鯨然として休憩している僕も、「あと100m泳ごう」という気になってくるから不思議。熟練スイマーに囲まれて、ほとんど無我の境地で泳ぐのも気分の良いものだけれども、たまには(月に1回くらいは)こうやって、哺乳類の鯨からは想像もつかない魚類の世界を身近に感じつつ、ほとばしるしぶきような活力に感動しながら泳ぐのも悪くないなあと思ったのが今日の素敵な出来事。先日、とある試写会に参加したあとのお茶会で、同席したとある美人が愚ブログのことを「本当に面白いですね」って言ってくれました。映画のことに詳しい方なので、おおかた重箱の隅をつつくような映画祭報告や、日本で鑑賞機会がないことをいいことに好き勝手書いている批評まがいのことを指して、「ホントウニオモシロイデスネ」と言ってくれているのだと勝手に解釈しています。それで調子に乗ってひっさしぶりにキーボードを叩いているわけです。 …なんか最近頭が固いです。肩も凝ります。想像力を取り返すためにブログを書くってのも悪くないようです。 2008年 12月 25日
天神橋3丁目。 やせ細ったトラ猫が 足マッサージ店の呼び込みの姉ちゃんに 寒気を覚えるほどの熱心な視線を送っていた。 2008年 07月 29日
よく、なかなか芽の出ない遅咲きの自分の喩えとして使っていたセミの幼虫が、次から次に成虫になって夏を景気づけています。庭の木には抜け殻が「すずなり」。僕は今年のセミたちにも置いてけぼりを食わされるのでしょうか? 毎日暑い日が続きますが、どうもおかしい。ちょっと変。恐ろしく暑い大阪市のど真ん中、容赦なく頭頂部を焦がす直射日光と、コンクリートとアスファルトの逃げ場のない照り返しによって、魚の両面同時焼きみたいになっているにもかかわらず、なぜこんなにも気分が良いのでしょう。気分が良くて何が悪い、と誰かが言ってましたけど、普通の人は夏本番を迎える7月末にこんなにもウキウキしません。はしゃぐのは夏休みが始まる学生くらいです。しかし、ここのところずっと、街行く僕の足取りは、なぜか知らん飛び上がるほどに軽いのです。 思えば、僕は、日本の7月は3年ぶりなんですね。しかも3年前は留学の準備で日々駆け回っていて、常に心配事を抱え、気分はとっくにイタリアに行っていて、日本の夏を楽しむどころではなかった。景色を目にしてはいたけど、見えていなかった。となると、ずいぶん久しぶりに日本の7月を体験しているわけで、その懐かしさと物珍しさが入り混じったような、ようやく日本に帰ってきたような、そんな心持が、僕の気分を良くしているのかも知れません。 ちなみにこのブログを始めたのは2005年の7月で、曲がりなりにもブロガーとしても3年が過ぎました。3年前は「タフになりたい」とかつぶやいて、2年前はボローニャの映画祭に夢中で、去年は「にしんがうまい」とか吼えている、そんなとりとめもない、要領を得ない日々の記録ですが、あるいはもしかしたら、こんな言葉の羅列が僕の抜け殻なんじゃないかという気もしてきます。セミの抜け殻のように軽くて中身もなくて、ぺりっとめくってふっと息を吹きかければどこかに行ってしまいそうな日焼けの皮のような言葉ですが、脱皮の繰り返しの成果だと信じ込めば、書くという行為をもう少し続けてみようかなあという気にもなります。 もうじきイタリアから戻って1年です。飛び上がるのは足取りだけにして、地に足つけて、根を下ろす場所を求めて旅する根無し草生活に区切りをつけて、きちんと暮らし始めるにはモッテコイの時がようやく来たようです。インディアンの言葉に「死ぬにはちょうど良い日だ」なんてのがあるらしいですけど、拝借すれば、いろんなタイミングと意味不明な気分の良さが重なり合った7月は、「生き始めるにはちょうど良い季節」なのかも知れません。 2008年 04月 13日
26回にわたった愚コラム『シネマテークにしねまっていこ』の連載も、ひとまずの終幕を迎えました。 次の連載をどうするか、あれやこれやを考えてはいますが、まとまりませんし、どれもインパクトにかける気がします(これは今までもそうでしたが)。なにか、こんなことを書いてほしい、そんなリクエストがございましたら、ご一報ください。アドレスは、右側のネームカードに記しております。 『Kanta Canta La Vita』が「オールドファッション幹太」名義で記した『シネマテークにしねまっていこ』はコチラからどうぞ。 これまでの全記事は、コラムアーカイヴからどうぞ。 愚駄愚駄と長ったらしく、意味不明な箇所や投稿も多々ありましたが、ご愛読くださいました皆様には大変感謝しております。ありがとうございました。 2008年 03月 12日
餌を求めて吠え続けていた我が家の老犬が、ナラの葉一枚散るのを目で追う間だけ鳴き止み、その葉が地面を埋め尽くすその他たくさんの一部になったのを確認して、それからまた吠え始めた。彼に空腹を忘れさせる何かがそこにはあったのだということに感激して、これは俳句だ!と思ったのに、言葉はつむがれなかった。 じゃあ映画だ! しかしフィルムもカメラもない。 写真か? 時間性が大事なんだ。 絵か? だから静止画じゃだめなんだ。 う、歌うか? とても残念だが無理だ。 楽器?! 近所迷惑も甚だしい。 ダンスか? そういうタイプじゃない。 彫刻? 小6の図工で挫折した。 建築? 完成前に老犬が死ぬ。 この感動をどうヒョウゲンしたら良いのでしょう。 2008年 02月 12日
2008年 01月 29日
明けましておめでとうございます。本当の新年は来月初めだと思っております、『Kanta Canta La Vita』です。論文が行き詰ったとき、同じその論文の中で無意味なレトリックを弄ぶことによって自らを慰めていたというのに、いざ解放された後に残っていたのは、書くことに対してこれまでになく臆病になってしまった僕でした。 あれやこれやと書きたいことは山積みだったのに、先延ばしにしたことによってその山はどこかへ行ってしまったようです。山は動いた!心は空虚!! 落ち続けた外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』の最新第22回も、僕というぼろ雑巾を振り絞る思いで書き上げました。ODCの編集長が許せば、まもなくUPされる予定です。 リハビリとして、次回の投稿は、昨年は割りとまとめて文章を書いたフューチャー・フィルム・フェスティバル(Future Film Festival、誰が言ったかFFF)について、ちょうど先日2008年版が終了しました(日本の『秒速5センチメートル』が大賞受賞)ので、報告しようと思います。ただ、今回は参加しておりませんので、企画を担当している友人ルーカが送ってくれた報告書を翻訳するつもりでおります。・・・つもりでおります。 2007年 12月 30日
大変な1年になる気がする来年の前の年の、その年末です。簡単な言葉に言い換えれば、もうすぐあらゆる可能性を含んだ来年がやってきますね。来年早々には、ミスタードーナッツがオールドファッションを含む数点のドーナッツを値上げするそうです。オールドファッションなんか、11円も上がるそうじゃないですか。オールドファッション幹太の名でコラムを書く僕にとっては気が気でない未来の現実的象徴的表れじゃないかと、マレー熊マサシの如く頭を抱える日々です、『Kanta Canta La Vita』です。ODCのコラムが落ち続ける日々をここに謝罪しなければなりません。"9.5mm厚のPC内蔵型DVDスーパーマルチドライブ機能付きBlu-ray Discドライブ" パナソニックコミュニケーションズは27日、従来の12.7mmから9.5mmにまで薄型化を実現したパソコン内蔵型Blu-ray Discドライブのサンプル出荷を開始した。 数字に反応してしまいましたが、新しい方でしたか。デジタルの世界はとどまることを知らないようです。同じ9.5mmでも、僕にとっては、古い方の9.5mm、とどまることを知っている9.5mm、もう変わることのない9.5mm、9.5mmであるものが9.5mmでなくなるということがフィルムの劣化を意味する9.5mm、すなわちパテベビーのフィルムこそが9.5mmです。少なくとも今はこっちに興味を持っています。「変わらないものは変わらないのに、変わるものは変わる」。流動的である予感がぬぐえない来年を目前にして、希望と不安の間で揺れる日々はいつまで続くのでしょう。果てしない高速度進歩も耐え難いものがありますが、僕の抱える問題は別次元で深刻です。 今朝の朝刊には、先日亡くなったジャズ・ピアニスト、オスカー・ピーターソンについての引用が載せられていました。 「うまいピアニストは多いが、彼は聴く人を無条件で幸せにしてくれた」 同業のピアニストの言葉だそうです。ならば、ここは、他力本願であることには目をつぶって、オスカーに幸せを分けてもらいましょう。 「それでは聴いてください。Verve Jazz Masters 37(Oscar Peterson)収録、"I want to be happy"。」 …幸せになってやる! Tags:映画の保存・修復の話
2007年 12月 19日
読みたい本と読むべき本はたまる一方です、『Kanta Canta La Vita』です。大江健三郎の最新作は、映画と関係があるみたいですね。 以前、当ブログのかなり好意的な読者のひとりから、「大江的に読みにくい文章だね」と評されたことがあります。長ったらしくて、何が言いたいかわからない、と。果たしてそれが、ほめてるのかけなしているのかは別として、また大江健三郎の文章にある様々なものが僕のには致命的に欠けているという差はあるとしても、実はその批評がうれしくて、まともな文章が書けなくなるほどに習慣的に文章の脱臼を試み、どこか知らん、もや~とした雰囲気が出ればいいなあと思って書き始めたことも思い出したりしています。実際問題として、論文や報告書などを書く際に、わかりやすい文章を書く力が圧倒的に未熟なわが表現力に直面し、冷や汗をかくこともしばしばですが、せめてブログやコラムは好き勝手にしようと。大江健三郎の作法、さらには対象との接近の仕方が、ぼくのそれらとは大いに違っているとはいえ、「大江的」という批評は素直に喜んでいたのでした、さっきまでは。 しかし。 今日の新聞にも大江さんは寄稿しているのだけれども、これは比較の次元ではないですね。比べられることは、ある意味恥ずかしいことだぞ。今こうしてキーボードを叩く指も具体的に戦慄します。 たぶん、ばれているとは思いますが、僕はコラムを書くとき、こういうことを書きたいとか、これが俺の主張だから皆の者心して聞けとか、そんなことを考えてはいません。書くことのリストやら章立てやらを作ることさえ、ほとんどしません。そもそも強烈な主張をひけらかしたり、世の中のありとあらゆるものに怒りの声を上げたりするタイプではなく、何より明確な意思を持っていない場合が多いのです。それでも、何かを書くことは楽しい。書く材料を生活に見つけようとする努力、それ自体が楽しい。 キーを打つ指と脳みそを最短距離で結んで、言葉を思いつくままに並べていく、出来上がったものを読み直してひどすぎるところには手を加える、これが今のやり方です。それで結果的に、時空を超越するアンゲロプロスの長廻しみたいな文章になればいいなあと、アンゲロプロスが練りに練って映画を作っているであろうことを度外視して、夢でも見るように思っているわけです。論文執筆で行き詰まりを見せる最近になって、ブログへの投稿が増えているのは、そういうやり方を楽しんでいて、それでいくらか脳みそが柔らかくなる、そんな理由からなのです。 ああ、いろんなことを放り投げて本を読みたい、映画を見たい。 2007年 12月 18日
来年はこのブログももう少しバージョンアップしたいと思っています、『Kanta Canta La Vita』です。年末ですね。 2005年7月の開設から、じき2年半を迎えます。先日、総来訪者数が15000名を超えました。ブログの女王らやカリスマ主婦たちのそれに比べれば、そりゃ取るに足らん数字ですが、戯言ブログの一般人オーナーとしては、信じられない数字です。750の記事に対して15000回のヒットですから、ひとつひとつを20人の人に見てもらっているといると考えることもできます。これはすごいことです。僕に限りなく近い20人が、繰り返し見てくれているということも十分考えられますけど。 2年以上も続けていると、当然書いた文字の総量も増え、それに伴って単語の数も増えるわけで、その分、検索にも引っかかりやすくなったみたいです。Googleに限って言えば、いくらでもいるであろう"Kanta"は、そのかなり早い段階で出てきますし、"クリスティーヌ・カウフマン"やら"Vittorio De Seta(あるいはヴィットリオ・デ・セータ)"やら、"Future Film Festival"やら"ルッツァーラ"(これは当然と言えば当然ですけど)やらも同様で、"Cineteca Bologna"はオフィシャルの次、"Gennaro Ivan Gattuso"なんか、ガットゥーゾのオフィシャルサイトとウィキペディアに次いで、3番目ですからね。えらいことになってます。どうしようもない、愚駄愚駄(ぐだぐだ)な文章なんですけどねえ。 とにかく、皆様ありがとうございます。今は春に花咲くために、自らの内側でエネルギーを高めております。もうじき爆発しますので、しばしお待ちを(これは自分に言い聞かせていることは言うまでもありません)。 2007年 12月 17日
画面に彼がちょっとでも映るたび、発情でもしたかのように、ガウガウガウガウと吠えていました、『Kanta Canta La Vita』です。ガットゥーゾの愛称リンギオは犬などのうなり声のことです。(画像はリンギオと一切関係ありません。が、彼の演技は完璧ですね。ほれ込んでいます)とはいっても今回のガットゥーゾ、カメラに嫌われてましたね。いつもどおり駆け回ってはいましたが、カカとかインザーギとかマルディーニとかセードルフとかピルロとかネスタにばっかり光が当たっている印象を受けました。映ったかと思えば、相手選手に抜かれたりする場面だったり、ということも少なくありませんでした。のみならず、怪我?で途中交替。足を痛めたシーンでようやく、この日一番の大映しになったのに、ピンボケで、まったく表情がわからない。フォーカス送りの劇的効果かと思ったら、ピントが合う前に次のショットに切り替わってしまいました。彼の心境はいざ知らん、乙女のようなおっさんの心はくすぶったままです。試合前、「もうこれっきりだ。終わりにしよう…」、そう密かに別れを決めていたのに。満たされぬこの思い。 まあ、日本で大人気になってしまうのも、どこかしら恋人を奪われるような気がしますから、ガットゥーゾはいつまでも僕のもの、そう思えば、これはこれで良かったのか知らん。なんて思ってる人、多いかも知れませんね。 Tags:Gennaro Ivan Gattuso
2007年 12月 16日
結局、イタリアに暮らしている間に、イタリアの狂犬ジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾからのメールが届いたのは、彼らがヨーロッパ・チャンピオンになった時だけでした、『Kanta Canta La Vita』です。さびしかったです。 もうすっかり愛想を尽かしたつもりだったのに、いざ、テレビの画面に彼の熱き眼を見出すと…、もうだめです、乙女のようなおっさんの心(詳しくはコチラ)は再び燃え上がります。 吠えろガットゥーゾ! ミランの選手だけは怪我させないでね。 走れガットゥーゾ! 陵南高校の田岡監督なら言うでしょう、「なぜそこにガットゥーゾがいる!?」 今晩が楽しみです。 がんばれガットゥーゾ! 僕はまた聞きたい。実況のアナウンサーが興奮して叫ぶのを。 "C'È DAPPERTUTTO GATTUSO!! (あちこちにガットゥーゾがいる!!)" いつまでも君の姿を見ていたい。だから…、だから、興奮のあまり、パンツまで脱いで、放送禁止にならないでね。 Tags:Gennaro Ivan Gattuso
2007年 12月 15日
完全に寝坊しました『Kanta Canta La Vita』です。 京都近代美術館でのアベル・ガンス作品『鉄路の白薔薇』の上映に行くつもりで、前売り券まで購入して、そして寝坊。仮に、疲れた体を引きずり、眠たい目をこすりながら行っても、作品がそれを叩き起こしてくれる予感はあったのですが、向こう、つまり作品とその上映がしっかり準備をして待っていてくれるのですから、こちらもそれに備えるのが礼儀だとか訳のわからないことを言って、朝10時過ぎに布団に入ってしまったのがコトの始まりで、目覚ましを掛ける必要はないだろうと自らを買いかぶったのがコトの終わりで、つまりは運の尽き。上映中の居眠りを恐れて、仮眠を取ったら寝坊するという、本末転倒の極みです。 日々の疲れがこういう形で出てしまうと、本当に滅入ってしまいます。余計疲れます。アベル・ガンスについての野望の始まりがこれでは、先が思いやられます。 2007年 12月 15日
安いプリンターを使っています、『Kanta Canta La Vita』です。 安いからだと思うのですが、僕のプリンターは仕事が遅いです。昨日も、これまで書き溜めたものをまとめてプリントアウトしたのですが、びっくりするほどののんびりさ加減。散らかり放題だった部屋の片づけができてしまったほどです。 ところが一番の問題は、彼の仕事振りではなく、僕の仕事にあったようです。プリンターが、インクという血を吐き、動作音といううめき声を上げて形を与えた僕の思考を、他ならぬ僕が、読みながら居眠りをしてしまいました。こいつは非常に良くない。執筆者が自ら眠ってしまうような文章を誰が楽しむというのでしょう。 どうやら今の僕には、わずか数千円の安プリンターに対してさえ、文句をいう資格はないようです。 Tags:悲劇は楽し。
2007年 12月 03日
何かと毎日ドキドキしています『Kanta Canta La Vita』です。基本的に臆病で小心者です。 イタリアから帰って、留学前にも会員だった映画保存協会(Film Preservation Society、通称FPS)に再入会しました。ほとんどまったく具体的な活動に参加できておりませんが、今回初めて、協会発行のメールマガジンに寄稿させていただきました。先日大阪で、映画におけるデジタルの活用についての研修会に参加しまして、そのときの報告です。来年は何かしらの活動を関西から発信したいなあと考えています。 『Kanta Canta La Vita』が本名で初投稿した映画保存協会メールマガジン「メルマガFPS」最新30号と購読登録はコチラからどうぞ。もちろん登録/購読はいずれも無料です。 Tags:映画の保存・修復の話
2007年 11月 27日
イタリアお宝アーティスト発掘集団ODCのHPで、当ブログ管理人『Kanta Canta La Vita』が贈るコラム『シネマテークにしねまっていこ』が更新されました。今回は、シネフィルの聖地シネマテーク・フランセーズについての中編です。 最新号はコチラからどうぞ。 …ODCを紹介するだけのブログにはなりたくないのです。 2007年 11月 14日
外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』も、20回を数えました。恐悦至極に存じます。ひとえに読者皆々様のおかげです。オールドファッション幹太こと『Kanta canta la vita』です。 まだ読んでくださってない方は、「僕たちは甘くない! イタリアお宝アーティスト発掘集団『大阪ドーナッツクラブ』」のHP(リンク)へお進みください。我が駄コラムのほかにも珠玉のネタが満載ですよ。 Tags:『シネマテークにしねまっていこ』
2007年 11月 12日
凍える手を荒れ狂うノートパソコンのCPUで温め、震える足を燃えんばかりのアダプターで慰めてます、『KANTA CANTA LA VITA』です。 ODCのコラム『シネマテークにしねまっていこ』第20回を脱稿しました。よくもまあ、20回も続けられたものです。読者の皆様の、熱い声援のおかげです。今回から連続2回、いよいよシネマテーク・フランセーズ訪問記になりますが、如何せん、相手がでかすぎる。比して、こちらの語彙と語り口は貧弱すぎる。結果、時期尚早の感は否めない、(いつもどおり)手探りなものに仕上がってます。つまり、仕上がってません。 寒い。本当に寒い。関節が痛みます。これは良くない。 2007年 11月 04日
ボローニャに住んでた頃の家では、台所から見える向かいの家に娼婦が住んでると勝手に想像してました。窓辺に置いてある白いハイヒール、薄着のままベランダでペディキュアを塗る姿。それだけなのに、あの家の女性にとっては本当に失礼なやつです、『KANTA CANTA LA VITA』です。 近頃、家にいることが多いです。べんきょう机に座ると、空き地を挟んだ向かいにある、どこかの会社の社宅が見えます。夕方の西陽になるとその窓に、遠くを行くモノレールが映ります。窓を開けててもその音は聞こえませんが(阪急電車の音はよく聞える)、この季節は窓も閉めてますので、夕焼けの中、無音の中に見るちょっと唐突な印象のあるモノレールの映像は、遥か遠くのまだ見ぬ世界の乗り物のようにも見えます。 時間にして数秒のひと時ですが、日常の雑事や色んな不安、将来の希望や夢を忘れて、脳みそのしわの緊張をほんの少し緩めることのできる、最近の僕の喜びでもあります。 ん? ときに、娼婦とみなすことは、本当に失礼に値するんですかね? 今日の新聞には『日本売春史』という本が紹介してあります。「遊女の起源」は「聖なるもの」? ふうむ。おっと、「聖なる」を「性なる」と変換するのは勘弁してくれよ、my PC。 2007年 10月 30日
その昔、映画の脚本家Zは自らの巨大な額を指差し言ったそうです。「映画はここにあるんだ。これを形ある作品するのが大変なんだ」、と。「書きたいことはここに山ほどあるのに、形ある文章にするのが大変なんだ」、自らの巨大な額を指差し言っております、『KANTA CANTA LA VITA』です。 日常の面白いこと、腹が立つけど文章にしたら面白い予感はあること、映画のこと、映画保存のこと、外部コラムへの自己言及、ブログをほったらかしにしてまで最近していること。書きたいことはたくさんあるのに、今月にいたってはこれが二回目の投稿。これでは、ブログとして機能不全と言うしかありません。 それでも、このブログにいらっしゃる方が減るどころか増えております。本当にありがとうございます。そしてごめんなさい。今はネタを溜め込んで、間近に迫った冬に備える季節、なんとか越冬して来るべき明るい未来を詠うための我慢の時期、そう理解していただければ幸いです。あるいは春を飾るための秋の球根。 ブログのリンクにもあるAtelier Manuke(アトリエ・マニューク)というHPの日記で、フラワーワイルドに投稿した『カビリア』についての文章(前回の日記を参照ください)を紹介していただいております。「ご一読をお勧めします」という結びはフラワイのページに対して向けられたものであるのに、そこに含まれているというだけでとてもうれしくて、また「書きたい欲」がうずいております。冬を目の前にして、すでに春を待ち遠しく思う冬眠前の熊のようです。 現実的にも比喩的にも迫る冬をなんとか生き延びる覚悟です。 春になればきっと・・・、春になればきっと・・・。 ・・・去年もそう思った。 2007年 10月 12日
『フラワー・ワイルド』というサイトに、映画保存についてまとめた記事を載せていただきました。最も有名なイタリア映画の中に、ジョヴァンニ・パストローネの『カビリア』という作品がありますが、そのフィルムとしての運命に魅せられて、関連研究書から材をとって私見を織り込んだ、極々私的なメモのような文章です。『カビリア』の復元同様に、まだまだこれから更新される余地のある文章、との理解で読んでいただければ幸いです。 「映画に対する奔放な想像力と自由な思考。どんなシチュエーションにあっても、語るべきフィルムとじっくり向き合えるタフな知性」(HPより)を、いくらか私にも分けてください。 FOR ANOTHER VISION "FLOWERWILD" 『KANTA CANTA LA VITA』の寄稿。 私は1本も『カビリア』を見ていない 『KANTA CANTA LA VITA』が賛助会員として参加する映画保存協会のインタビューも掲載されています。コチラからどうぞ。 Tags:映画の保存・修復の話
2007年 09月 26日
2007年 09月 12日
賢明なる読者の皆様は、既に今回の最新コラムについて、ある種の胡散臭さを感じてらっしゃるのではないでしょうか。『KANTA CANTA LA VITA』です。 往々にして胡散臭い文章を書く私ですが、オランダ訪問の直後にニシン礼賛の文章「オランダに帰る理由」をこのブログ上で既に書いてしまっている為、コラムの結びの部分では、嘘偽りはないにせよ、どこか説得力に欠ける部分があるように感じております。 アムステルダム。正直に申しましょう。アムステルダムがどんな街かと聞かれたら、僕は迷わず答えます。 「春先から初夏にかけてのニシンが抜群に美味い街。そして、実は、素敵なシネマテークもある街」。 シネマテークの話は興味ないけど、食の話なら「食いつく」、そういう人は少なくないはずです。シネマテークは知らないけれど、ニシンなら知ってると言う人も多いでしょう。シネマテークに行ったことはないけれどニシンは食べたことはある、と言う人と、ニシンは食べたことないけれどシネマテークには行ったことがある、と言う人では、恐らく後者のほうが圧倒的に少ないのではないか知らん。シネマテークの歴史と普及率は、ニシンのそれに比べれば、所詮その程度のものなのです。たぶん。 万人向けの観光ガイドや旅行記とは異なり、シネマテークと映画保存についての、ちょっと込み入った物好きな読者向けのコラムである『シネマテークにしねまっていこ』は、どうしても胡散臭さが抜けません。空を飛んだり、写真を動かしたり、何か新しいことをする時、それが成功するまでは周りの人間に相手にされもしない。そういうことは歴史上でも起こり得たことです。我先にと争うようにして書かれることは少ないシネマテークについてのコラムは、そんな具合にして、稀代のおもしろ読み物と成るべく、ある種の胡散臭さを揶揄されながらも、ライト兄弟やリュミエール兄弟ばりの名声を手にする日まで、日夜研鑽を重ねながら向上を目指しております。 次回は、フランクフルトのフィルムミュージアムについてのお話です。 2007年 09月 10日
約2ヶ月ぶりの外部コラムを脱稿しました。 9月10日(月)、up予定です。 イタリアお宝アーティスト発掘集団「大阪ドーナッツクラブ」のホームページ。 『KANTA CANTA LA VITA』の外部コラム「シネマテークにしねまっていこ」。 「シネマテークにしねまっていこ」の過去の記事はコチラから。 Tags:『シネマテークにしねまっていこ』
2007年 09月 10日
昨日の夕方、10秒ほどミンミンゼミが鳴いてました。 鳴き止んだあと、もう二度と鳴くことはなかったあのセミは、 今どこにいるのでしょう。 黒い身体に茶色い羽根がアブラゼミ。 緑と黒の身体に透明な羽根がミンミンゼミ。 きっと僕の羽根も、透明だから見えないのでしょう。 また、頭の中でセミが鳴き始めました。 ブンブンブンブン。 村上春樹は、頭の中で飼い始めたハチのカルロを連れて、イタリアに行きました。 ミ~ンミンミンミンミンミンミ~ン。 僕は、イタリアから帰って以来、ずっと頭の中にセミのグリエルモを飼ってます。 本当に、窓の外を見渡してしまうくらいしっかり聞えるんです。 困ったものです。 僕のピーターパン症候群晩夏版はともかく、 ミンミンゼミが大阪にもいることを知って、喜んでいます。 2007年 09月 06日
夏の終わりが世界の終わりであるかのような静けさを 耳の辺りで目の当りにして、 この町にも無音の瞬間が存在するのかと むせ返るような残暑の中、 身も凍るほどにほとんど愕然とした九月最初の真昼。 あの時から夏は終わり始め、 最後の蝉が鳴き終えた今日の朝、五時三十分、完全に終わり尽くした。 朝五時半にフェイドアウト。 あの蝉の声はどこへ行ったのか? --------------------------------------------------------- 細いストローで血を吸われるんじゃないかと、子供の頃は恐れていた蝉が、今はわりと好きで、このブログでも、ボローニャで鳴き始めた蝉のことを取り上げたりもしました。どこかで覚えた「せみ、せみ、せみせみ、せ~みんみ~ん」という蝉の歌は、頭から消えません。「ど~こにいるのかせ~み、なかなかいないよせ~み、なかなか取れないせ~み、せみせみせ~み、せみせみせ~み~んみ~ん」。 山形の蝉と大阪の蝉は、鳴き声からして違っていて、前者は完全に「み~んみんみんみんみんみんみ~ん」と鳴きます。大阪では聞いたことないような気がします。世の中にはミンミンゼミの他にも、ツクツクホウシとかカナカナゼミがいて、その素敵な名前も気に入っている要因です。犬のワンワン、猫のニャーに比して、蝉の鳴き方は高度な気が、それを文字にしてみて感じられます。バウワウイヌやミュウミュウネコなんていませんし、やっぱり蝉の鳴き声は圧倒的に特徴的です。 こんなことを書いていたら、いるはずもない九月六日の蝉が、僕の頭の中で鳴き始めました。隣の公園でフェイドアウトした蝉はじ~じ~鳴いていたのに、僕の頭の中にフェイドインした蝉はみ~んみ~ん鳴いてます。そんなズレもまた、楽しいです。 2007年 08月 18日
日本に無地帰国しました。 いろんな悩み迷いは、イタリアに居ようが日本に居ようが変わらないことを確認して、ひとまず安心(?)しました。 2007年 07月 27日
昔、身欠きニシンがよく我が家の食卓に上りました。干しにしんをにんにくとしょうがと醤油で味付けしたものと記憶しています。僕にとってニシンとは、にしんそばでも昆布巻きでもなく、この酒のツマミみたいなご飯のおかずのニシンでした。 にしんが、あじやいわしのように傷むのが早い魚であることは、日本の食卓に上るそれが干物だったり濃い味付けのしてあるもでであることからもうかがい知れます。今でこそ、さんまの刺身は日本各地で食べれるようになりましたが、保存と輸送が現在のように整備される以前は、本当に新鮮な青魚の刺身は水揚げされた地でのみ食べられるものだったことは想像に難くありません。もちろん、そんな事情から様々な保存方法と料理方法が編み出され、今ではそれが本来の存在理由を失い、ある種の名物として依然喜ばれているのも明らかです。ばってらや棒寿司は僕も大好きです。 前置きが長くなりました。比較の問題ではないことを考えなければ、今回のアムステルダム・フランクフルト・パリ旅行で食べた物の中で、一番美味かったのは、フランクフルトのソーセージでもビールでもなく、パリのチーズでもワインでもなく、間違いなくアムステルダムで食べた「にしん」です。あの日から、僕にとってのにしんは、「生で食べるもの」になってしまいました。それくらいの美味さだったんです。 ハリング(haring)と呼ばれるこのにしん、春から初夏にかけてが最盛期で、恐らく今はその最も遅い季節なのではないでしょう。それでもなんとか間に合ったことに、本当に感謝しました。その初体験は、トルコのさばサンドを凌ぐ衝撃でした。生のにしん(若干の塩味は海の塩気か知らん)をパンに挟んで、たまねぎのみじん切りときゅうりのピクルスと一緒に食べる。脂の乗った旬のにしんだからできる技です。ぷりぷりねっとりした脂っこいにしんが、意外にパンに合う。たまねぎとピクルスの爽やかさが、にしんの脂を何度もリセットする。市場を一往復する間に僕は2個食べました。翌日も1個食べました。さらにアムステルダムを発つ日の朝は、パンなしバージョンも食べました。その日最初に口にした固体がにしんでした。 街を歩くと、ハリングの尻尾を持って上から吊るすようにして食いつく父とパンに挟んだハリングにかじりつく息子のポスターを何度も見かけました。インターネット上では、春の到来を祝う祭りのような、一種のイベントとして紹介してあります。新にしんを売る店も出るようです。確かに、その喜び、今では共有できる気がします。日本人の感覚では、あのハリングをたたきにしてご飯に載せたり、にんにく醤油やしょうが醤油で食べたりして楽しむこともできるでしょう。オランダのご飯が美味しくないと言う人には、断固訴えていきたいと思います。少なくともにしんは最高に美味い。このハリングがあるならば、オランダで仕事を探そうかなあなどと、冗談で真剣に考えていたりもして。アムステルダムには世界的なフィルム・ラボもあることですしね。5年後にはこの季節のにしんを食べるためだけに、オランダで働いてる自分を想像して、それも悪くないなあなどと今では思うのです。 2007年 07月 27日
パリでもフランクフルトでも、イタリアのFIAT社製500(チンクエチェント)は見かけました。依然、ニューモデルは見ていません。でも、あれは、あるいは見てても気づかないかもしれませんね。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() Tags:500のある風景
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大阪ドーナッツクラブ イタリアのお宝発掘集団『大阪ドーナッツクラブ』。人呼んでODC。シネマテークについてのコラムを担当してました。 シネマテークにしねまっていこ 上記ODCのHPに当ブログ執筆者『KANTA CANTA LA VITA』がオールドファッション幹太の名でコラムを連載しました。 赤海老ログ 本職は歌手なのに、僕にとっての彼ら二人はワインの先生です。Colli Bolognesiを共有(共憂)をしてます。 C'è profumo 日本人音楽家の多いボローニャにあって、飲み会でしか会ったことがない友人yukaちゃんのHP。ピアニスト。 碧空~hekiku~ 映画とイタリアとジャズと眼鏡と酒と名古屋を愛する"Cinémathèque719"の仲間MIDORIちゃんのHP。 yose†deco plus 大阪アルバイト時代のアルコール仲間yose†decoさんのブログ。活動の場を東京に移してからも旺盛です。 NODAKO WEB イタリアはボローニャ在住の美術学生nodakoさんのHPとブログ。その幅広い活動と見識には頭が下がります。 映画保存協会 日本の映画保存のある部分は、この協会が支えています。 アトリエ・マニューク 映画と映画保存とその周辺(例えばビールとか俳句とか)について書くならば僕はこうしたい、それがこのHPにあります。 ホームムービーの日 NEWS 今こそ8mm。景色を映しただけで映画になる国、イタリアに8mmカメラを持って行きます。 The Internet Movie Database 誰が呼んだかIMDb、えらく重宝します。フォーマット検索とかは最近かなり気に入ってます。 all cinema ONLINE 映画検索に重宝してます。日本語表記はあてにならない場合もあるので注意が必要です。 チネテカ・ボローニャ Cineteca Bologna。ボローニャのシネマテークです。当ブログのカテゴリー『Cineteca Bologna』はこのシネマテークの当日の上映プログラム(概ね日本語)です。 ボローニャの映画館情報(2torri.itより) チネテカ以外の映画館情報。ボローニャにはこんなにたくさん映画館があるんです。 ボローニャの図書館検索 ボローニャには相当数の図書館がありますので、映画という19世紀以降の芸術を研究する僕のような学生が探す本は大抵見つかるはずです。 イタリア国立映画博物館 Museo nazionale del cinema。トリノ。2006年8月に聖地巡礼的に訪れた際には、その建物(モーレ・アントネッリアーナ)の頂上でエレベーターが作動しなくなり、急遽ヘルメットをかぶって徒歩で地上に降りるという映画的に稀有な体験をしました。 チネテカ・イタリアーナ Cineteca italiana。ミラノのシネマテーク。「見せるための保存」を目指しているとのことで、近年新しい上映室が増設されたようです。その名に「イタリア」を冠していることからもわかるようにその歴史はボローニャのそれよりずっと古い。 チネテカ・デル・フリウリ Cineteca del Friuli。北イタリアのフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州ウーディネ県ジェモナにあるシネマテーク。このブログでも報告したポルデノーネ無声映画祭はこのシネマテークが中心になっています。イタリア国内に5つあるFIAF加盟団体の中では最もマイナーなイメージがあるが、実は違いそう。行ってみたい施設のひとつ。 チネテカ・ナツィオナーレ Cineteca nazionale。ローマにある映画実験センター。国立の映画学校で、そのシネマテークはローマのど真ん中トレヴィの泉近くにあるとか。ミラノ、ボローニャ、ローマ間では上映用のフィルムのやり取りが多いように感じてます。 東京国立近代美術館フィルムセンター 日本におけるシネマテークとは何か?考えてみます。常設展や特別展は、何時間でも過ごせます。 シネマテーク・フランセーズ Cinémathèque française。説明無用(?)、世界中のシネフィルの聖地シネマテーク・フランセーズ。2005年、多くの映画人が通ったシャイヨー宮からベルシーに移転し新しい建物になりました。写真を見た限りですが、ものっすごくきれいみたいです。住みたい。 ドイツ映画博物館 DEUTSCHES FILMMUSEUM。フランクフルトにある映画の博物館(そのまま)。ドイツ語も勉強しますか。ドイツと言えばムルナウ財団は、ボローニャのシネマテークの上映でもしばしばその名前を目にします。 オランダ映画博物館 FILMMUSEUM。アムステルダムにある映画博物館。上記ドイツ映画博物館と一緒に訪ねてみようかと計画中。学生でも6.50ユーロ、会員でも4.50ユーロとはちと高いか。(英語あり) Antonio Pignottiコレクション 2006年の「ホームムービーの日(in Italia)」で映写機などの展示をしていたコレクターの方です。いつの間にかリンクしてくれていたので、晴れて初めてイタリアのHPと相互リンクになりました。(イタリア語) Planet World 大阪梅田のシネマテーク。大阪にプラネットありと謳われた「生きた」伝説。 Planetary Film Archives 上記プラネットのフィルムアーカイブです。資料整理のお手伝いをしました。 internet bookshop ITALIA イタリアの本が買えます。バカンスシーズンやその前後を除けばかなり信頼度は高いです。送料も高いですけど。 日本の古本屋 現実世界での古本屋めぐりも好きですが、電脳世界のほうが欲しい本がみつかったりします。 comfm.com イタリアのラジオがネットで聞けます。生のイタリア語を欲してる方にはお薦めです。 RADIO MARGHERITA イタリアのポップミュージックを新旧問わずに流しまくる秀逸なHP。ホームの下のところにある「Ascolta Radio Margherita (マイクの絵)」をクリックすると、Windows Media Playerで聴くことができます。 NHKラジオイタリア語版 その日のニュース約5分と曜日ごとに決められたテーマ約10分をイタリア語で聞くことができます。他の言語もあり。イタリアのラジオに比べ、音声が安定しているように思えます。 Consorzio Vini Colli Bolognesi ワインは全く無知に等しいですが、なぜかしら「おらが村主義」は大切にしていたいのです。日本で一番「ボローニャの丘」について詳しい人になりたいです。「ボローニャの丘」ワイン協会のHP(伊語or英語)。 大相撲 がんばれ力士。 インターネットでモンドリアン こういうのも好きです。 氷温熟成 Bravo! KANTA このビールを評したずっと年下の女の子曰く、「苦味の奥に甘さがある」。ううむ。僕のことを言ってるのでしょうか。 Google日本 何かと便利。 Wikipedia Japan 何かと便利。 以前の記事
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