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2011年 07月 16日
息子と留守番中、『Kanta canta la vita』です。 留守番をしながら、Silvano Agostiの "Il ballo degli invisibili"の翻訳をしております。振り返ると、ゆりかごの中で息子が眠っています。ん!? 笑ってる? 間違いなく笑っている? おや、真顔にもどった。 そういえば僕のパートナーも、よく寝ながら笑います。イヒヒヒという笑い声で、何度か目が覚めたこともある。血のつながりですかねえ。 TwitterとFacebookを始めたけれど、いずれも楽しみ方というか使い方を学ぼうとするほどには熱心に取り組んでないわけで、結果、上記のような「きづき」みたいにつぶやくなら、やっぱりブログが良いなあなんて、思うわけです。 『Kanta canta la vita』がオールドファッション幹太の名で翻訳を掲載している「シーライトパブリッシング」さんのウェブはこちらから。僕の翻訳は、77.「くたびれた靴、清らかな心」、92.「みんなはみんなとおんなじだ」、59.「見えない鳥かご」です。他のメンバーとの翻訳スタイルの違いも楽しんでください。 2011年 04月 08日
2011年 03月 16日
花粉とハウスダストのピークが来ています。明日はまた引越しです。『Kanta Canta La Vita』です。 大変なことになりました。東日本大震災。 山形出身の僕にとって、仙台はあこがれの「ビッグ・シティ」であり、海鮮に目がない僕には三陸のリアス式海岸はユートピアであり、テレビから聞こえてくる東北訛りは母なる言語です。 非力な僕には、救援隊としてかの地に赴くこともできなければ、巨額の義援金を募ることも送ることもできません。電気を消して、早く寝ることくらいをせめてものヴォランタリー精神の発露としなければなりません。 その前にひとつだけ。 シーライトパブリッシングさんのHPに拙訳「くたびれた靴、清らかな心」がアップされました。奇しくも、シチュエーションは避難所生活を送っている人たちに少しだけ通じるところがあるかもしれません。不謹慎? 「映画の保存」とか「知的好奇心の輪」とか、とても言える状況ではないかもしれません。 いえ、こんなときだからこそ言わなければなりません。 2011年 02月 26日
山あり谷あり、おお、la mia vita! 『Kanta Canta La Vita』です。 大阪ドーナッツクラブのメンバーと共同で、1冊の短編小説集を翻訳するプロジェクトが始動しました。 出版会社シーライトパブリッシングさんのHPにて、期間限定で翻訳原稿を掲載します。 今回僕達が翻訳するのは、もはやおなじみシルヴァーノ・アゴスティの"Il ballo degli invisibili"(見えないものたちの踊り、という意味)です。個性豊かなドーナッツたちが、それぞれの好みと解釈でそれぞれが選んだ作品を翻訳します。更新は毎週月曜日。僕自身も、他のメンバーの訳を読むのを楽しみにしています。 シーライトパブリッシングさんのHPで公開されている大阪ドーナッツクラブの翻訳プロジェクト『九十二の短い長編小説』はコチラ!! 2011年 02月 20日
ODCのオールドファッション幹太こと『Kanta Canta La Vita』が字幕翻訳に携わった映画たちが公開されます! すべてDVD上映ですが、心の目で「見えないもの」を見てください。そして、「フィルムで見たほうがより『見えないもの』が見えるはず」という思いを持ったなら、ぜひぜひご連絡下さい。僕たちには、アゴスティさんの映画とフィルムを日本に届ける責任があります。 「僕たちは甘くない!」を合言葉に、甘ったれない個性的なドーナッツを目指す大阪ドーナッツクラブの活動にご期待あれ! 2011年 01月 09日
580円のメルロー、思ったより悪くなかったです。『Kanta Canta La Vita』です。2006年より、赤ワインはメルローと決め飲みしております。 --- 近頃読んでる本に、とある引用があった。 When I pronounce the word Future, the first syllable already belongs to the past. 「未来」という言葉を口にするとき、最初の「み」はすでに過去に属している ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩だそうだ。ノーベル文学賞受賞者である彼女の詩をこれまで知らなかったことはさておき、せめても「今」、それを知ることができたことはうれしく思う。彼女は同時に、「『沈黙』と口にしたとき、すでにそれは壊れている。『無』と言った瞬間、すでにそこには何かがある」というようなことも書いているようだけれど、確かにどこかで聞いたことがある表現ではある。その出処が彼女だったということか。 いずれにせよ、どこかにあるであろう純真無垢の映画について考える「今」、頭の中でコチンと何か音がした気がした。完全な映画、欠落のない映像、劣化していないフィルム、評価される以前の作品、そうした汚れなき映画を見たいと僕は望みながら、それを見た瞬間にその完全性は失われるというジレンマ。そんなことを「今」は考えている。そして、ここで言う「今」は、本来的で瞬間的な「点」としての「今」ではなく、いくらかの、あるいはとびっきりの「長さ」を持っているということも、どこか知らん僕を喜ばせる。スチュワート・ブランドの「ザ・クロック・オブ・ザ・ロング・ナウ」を読んでいて、いろんなことが少しずつリンクしていくのを感じる日々。 ああ、まるで備忘録。 "The Clock of The Long Now", Stewart Brand, Basic Books, 1999, p.29 2010年 04月 18日
今度は名古屋です。 恒例となったイタリア映画祭@有楽町に完全に重なっており、ある種本当の意味で「裏イタリア映画祭」です。 5日には会場となる名古屋シネマテークさんに行く予定です。 詳しくはこちらを参照ください。 2010年 02月 14日
新聞各紙に記事掲載をお願いしながら、愚ブログで宣伝しないのは怠慢としかいえない『Kanta Canta La Vita』です。 ご好評いただきました京都駅ビルシネマでのアゴスティ特集、ただいま上映作品を拡充して淡路東宝2で公開中です。いきなりですが明日、最終日。オリンピック上回れとは言いませんが、フィナーレなりのお客さんが来てくれたらいいなあ。 詳細はこちら! いよいよ「アゴスティさんの次」について考えなくっちゃ。 2009年 09月 28日
もう酔わせないでおくれ、my ラムちゃん。麗しの君は妹が数百円で買ってくれたインドネシア土産ラム酒。 まず宣伝。『Kanta Canta La Vita』が字幕制作に関わったイタリア映画作品が公開されることになりました。裏イタリア映画祭を企てている人間の第一歩としてはかなりかなり上々です。「アゴスティ」とか「モリコーネ」とか、「クワルティエーレ」とか「愛の渦」とか、「カーネーションの卵」とか「快楽の園」とか、"Quartiere"とか"Uova di garofano"とか"Il giardino delle delizie"とか"Silvano Agosti"とか"Ennio Morricone"とか「姉妹都市映画祭」とか、キーワードはたくさんありますが、興味をそそられた方はすべからくコチラへ!! えっと、上記を見ていただくまでもなくここでも載せちゃいましょう。 イタリアを代表するインディペンデント映画の勇者、シルヴァーノ・アゴスティの作品が本邦初公開です。今回は代表作3作品に限った特集上映ですが、初めて日本で翻訳された「誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国」もなかなかの売れ行きのようですし、何ならこの映画祭の機会にもうちょっと売れたら良いのにとかも思うわけで、おそらくアゴスティの再評価が進むことは、これからの日本の社会と映画界に少なからぬ良し悪しの影響をもたらすと信じております。 ところで8ヶ月もほったらかしにしているブログはもはやブログとさえ呼びません。『Kanta Canta La Vita』です。実に、実にいろんなことがありました。ただ歌えていないだけです。幹太(KANTA)は人生(LA VITA)を歌う(CANTA)つもりではいるのです。 大阪市北区天神橋筋界隈の「ニエプスの庭」のあるアバラ家から脱出し、京都市は梅小路公園が歩いて数秒の地域に引っ越して4ヶ月が経ちました。障子に張り付くように暴れていた「Go!キブーリ」に寝込みを襲われ、今こうしてキーボードを叩きます。つい覚醒しちゃったのです。 アゴスティ映画プレミア上映は10月23日から27日。その日の上映の最終回、場合によってはその前の回も、われらODC(大阪ドーナッツクラブ)のメンバーの誰か知らんがそこにいるはずです。『Kanta Canta La Vita』ことオールドファッション幹太も上映終了時には間違いなく駆けつけます。隙あらば、今後のイタリア映画と日本におけるイタリア映画上映について語らいましょう。FUOCO!! 2009年 02月 01日
最近は1時間に2000m泳ぐことを目指しています。目指しているため、まだ達成はできていない『Kanta Canta La Vita』です。体調を崩して自我の「タガ」みたいなのが外れかけてくると、口の中の歯が巨大化する錯覚に囚われる僕の前世は鯨だと信じて疑いません。夜、仕事が終わってからプールに向かうと、そこには青年中年高年スイマーの姿しかないのだけれど、子供向けのスイミング・スクールが開かれる土曜日の日中となるとその光景は一変する。緩慢な水しぶきの音しか聞こえない普段の空間に、子供たちの喚声とコーチの叱咤激励がこだまし、いつの間にか忘れてしまっていた「キッズ特有の元気」で満たされる。細くて短い腕をめいっぱい伸ばして、それをぐるんぐるん振り回すようにして泳ぐ彼らの姿は、僕に若いトビウオを思わせる。トビウオが果たしてどのようなものかは実のところよくわからないのだけれど、きっとトビウオの肌も子供たちのそれみたいにツルツルペカペカしてるんじゃないかしらん。硬くて大きなウロコがびっしり…、 とかいうのとは違うものを想像します。そんな実にトビウオのような子供たちの泳ぐ姿を眺めていると、老いた鯨然として休憩している僕も、「あと100m泳ごう」という気になってくるから不思議。熟練スイマーに囲まれて、ほとんど無我の境地で泳ぐのも気分の良いものだけれども、たまには(月に1回くらいは)こうやって、哺乳類の鯨からは想像もつかない魚類の世界を身近に感じつつ、ほとばしるしぶきような活力に感動しながら泳ぐのも悪くないなあと思ったのが今日の素敵な出来事。先日、とある試写会に参加したあとのお茶会で、同席したとある美人が愚ブログのことを「本当に面白いですね」って言ってくれました。映画のことに詳しい方なので、おおかた重箱の隅をつつくような映画祭報告や、日本で鑑賞機会がないことをいいことに好き勝手書いている批評まがいのことを指して、「ホントウニオモシロイデスネ」と言ってくれているのだと勝手に解釈しています。それで調子に乗ってひっさしぶりにキーボードを叩いているわけです。 …なんか最近頭が固いです。肩も凝ります。想像力を取り返すためにブログを書くってのも悪くないようです。 2008年 12月 25日
天神橋3丁目。 やせ細ったトラ猫が 足マッサージ店の呼び込みの姉ちゃんに 寒気を覚えるほどの熱心な視線を送っていた。 2008年 07月 29日
よく、なかなか芽の出ない遅咲きの自分の喩えとして使っていたセミの幼虫が、次から次に成虫になって夏を景気づけています。庭の木には抜け殻が「すずなり」。僕は今年のセミたちにも置いてけぼりを食わされるのでしょうか? 毎日暑い日が続きますが、どうもおかしい。ちょっと変。恐ろしく暑い大阪市のど真ん中、容赦なく頭頂部を焦がす直射日光と、コンクリートとアスファルトの逃げ場のない照り返しによって、魚の両面同時焼きみたいになっているにもかかわらず、なぜこんなにも気分が良いのでしょう。気分が良くて何が悪い、と誰かが言ってましたけど、普通の人は夏本番を迎える7月末にこんなにもウキウキしません。はしゃぐのは夏休みが始まる学生くらいです。しかし、ここのところずっと、街行く僕の足取りは、なぜか知らん飛び上がるほどに軽いのです。 思えば、僕は、日本の7月は3年ぶりなんですね。しかも3年前は留学の準備で日々駆け回っていて、常に心配事を抱え、気分はとっくにイタリアに行っていて、日本の夏を楽しむどころではなかった。景色を目にしてはいたけど、見えていなかった。となると、ずいぶん久しぶりに日本の7月を体験しているわけで、その懐かしさと物珍しさが入り混じったような、ようやく日本に帰ってきたような、そんな心持が、僕の気分を良くしているのかも知れません。 ちなみにこのブログを始めたのは2005年の7月で、曲がりなりにもブロガーとしても3年が過ぎました。3年前は「タフになりたい」とかつぶやいて、2年前はボローニャの映画祭に夢中で、去年は「にしんがうまい」とか吼えている、そんなとりとめもない、要領を得ない日々の記録ですが、あるいはもしかしたら、こんな言葉の羅列が僕の抜け殻なんじゃないかという気もしてきます。セミの抜け殻のように軽くて中身もなくて、ぺりっとめくってふっと息を吹きかければどこかに行ってしまいそうな日焼けの皮のような言葉ですが、脱皮の繰り返しの成果だと信じ込めば、書くという行為をもう少し続けてみようかなあという気にもなります。 もうじきイタリアから戻って1年です。飛び上がるのは足取りだけにして、地に足つけて、根を下ろす場所を求めて旅する根無し草生活に区切りをつけて、きちんと暮らし始めるにはモッテコイの時がようやく来たようです。インディアンの言葉に「死ぬにはちょうど良い日だ」なんてのがあるらしいですけど、拝借すれば、いろんなタイミングと意味不明な気分の良さが重なり合った7月は、「生き始めるにはちょうど良い季節」なのかも知れません。 2008年 04月 13日
26回にわたった愚コラム『シネマテークにしねまっていこ』の連載も、ひとまずの終幕を迎えました。 次の連載をどうするか、あれやこれやを考えてはいますが、まとまりませんし、どれもインパクトにかける気がします(これは今までもそうでしたが)。なにか、こんなことを書いてほしい、そんなリクエストがございましたら、ご一報ください。アドレスは、右側のネームカードに記しております。 『Kanta Canta La Vita』が「オールドファッション幹太」名義で記した『シネマテークにしねまっていこ』はコチラからどうぞ。 これまでの全記事は、コラムアーカイヴからどうぞ。 愚駄愚駄と長ったらしく、意味不明な箇所や投稿も多々ありましたが、ご愛読くださいました皆様には大変感謝しております。ありがとうございました。 2008年 03月 12日
餌を求めて吠え続けていた我が家の老犬が、ナラの葉一枚散るのを目で追う間だけ鳴き止み、その葉が地面を埋め尽くすその他たくさんの一部になったのを確認して、それからまた吠え始めた。彼に空腹を忘れさせる何かがそこにはあったのだということに感激して、これは俳句だ!と思ったのに、言葉はつむがれなかった。 じゃあ映画だ! しかしフィルムもカメラもない。 写真か? 時間性が大事なんだ。 絵か? だから静止画じゃだめなんだ。 う、歌うか? とても残念だが無理だ。 楽器?! 近所迷惑も甚だしい。 ダンスか? そういうタイプじゃない。 彫刻? 小6の図工で挫折した。 建築? 完成前に老犬が死ぬ。 この感動をどうヒョウゲンしたら良いのでしょう。 2008年 02月 12日
2008年 01月 29日
明けましておめでとうございます。本当の新年は来月初めだと思っております、『Kanta Canta La Vita』です。論文が行き詰ったとき、同じその論文の中で無意味なレトリックを弄ぶことによって自らを慰めていたというのに、いざ解放された後に残っていたのは、書くことに対してこれまでになく臆病になってしまった僕でした。 あれやこれやと書きたいことは山積みだったのに、先延ばしにしたことによってその山はどこかへ行ってしまったようです。山は動いた!心は空虚!! 落ち続けた外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』の最新第22回も、僕というぼろ雑巾を振り絞る思いで書き上げました。ODCの編集長が許せば、まもなくUPされる予定です。 リハビリとして、次回の投稿は、昨年は割りとまとめて文章を書いたフューチャー・フィルム・フェスティバル(Future Film Festival、誰が言ったかFFF)について、ちょうど先日2008年版が終了しました(日本の『秒速5センチメートル』が大賞受賞)ので、報告しようと思います。ただ、今回は参加しておりませんので、企画を担当している友人ルーカが送ってくれた報告書を翻訳するつもりでおります。・・・つもりでおります。 2007年 12月 30日
大変な1年になる気がする来年の前の年の、その年末です。簡単な言葉に言い換えれば、もうすぐあらゆる可能性を含んだ来年がやってきますね。来年早々には、ミスタードーナッツがオールドファッションを含む数点のドーナッツを値上げするそうです。オールドファッションなんか、11円も上がるそうじゃないですか。オールドファッション幹太の名でコラムを書く僕にとっては気が気でない未来の現実的象徴的表れじゃないかと、マレー熊マサシの如く頭を抱える日々です、『Kanta Canta La Vita』です。ODCのコラムが落ち続ける日々をここに謝罪しなければなりません。"9.5mm厚のPC内蔵型DVDスーパーマルチドライブ機能付きBlu-ray Discドライブ" パナソニックコミュニケーションズは27日、従来の12.7mmから9.5mmにまで薄型化を実現したパソコン内蔵型Blu-ray Discドライブのサンプル出荷を開始した。 数字に反応してしまいましたが、新しい方でしたか。デジタルの世界はとどまることを知らないようです。同じ9.5mmでも、僕にとっては、古い方の9.5mm、とどまることを知っている9.5mm、もう変わることのない9.5mm、9.5mmであるものが9.5mmでなくなるということがフィルムの劣化を意味する9.5mm、すなわちパテベビーのフィルムこそが9.5mmです。少なくとも今はこっちに興味を持っています。「変わらないものは変わらないのに、変わるものは変わる」。流動的である予感がぬぐえない来年を目前にして、希望と不安の間で揺れる日々はいつまで続くのでしょう。果てしない高速度進歩も耐え難いものがありますが、僕の抱える問題は別次元で深刻です。 今朝の朝刊には、先日亡くなったジャズ・ピアニスト、オスカー・ピーターソンについての引用が載せられていました。 「うまいピアニストは多いが、彼は聴く人を無条件で幸せにしてくれた」 同業のピアニストの言葉だそうです。ならば、ここは、他力本願であることには目をつぶって、オスカーに幸せを分けてもらいましょう。 「それでは聴いてください。Verve Jazz Masters 37(Oscar Peterson)収録、"I want to be happy"。」 …幸せになってやる! Tags:#映画の保存・修復の話
2007年 12月 19日
読みたい本と読むべき本はたまる一方です、『Kanta Canta La Vita』です。大江健三郎の最新作は、映画と関係があるみたいですね。 以前、当ブログのかなり好意的な読者のひとりから、「大江的に読みにくい文章だね」と評されたことがあります。長ったらしくて、何が言いたいかわからない、と。果たしてそれが、ほめてるのかけなしているのかは別として、また大江健三郎の文章にある様々なものが僕のには致命的に欠けているという差はあるとしても、実はその批評がうれしくて、まともな文章が書けなくなるほどに習慣的に文章の脱臼を試み、どこか知らん、もや~とした雰囲気が出ればいいなあと思って書き始めたことも思い出したりしています。実際問題として、論文や報告書などを書く際に、わかりやすい文章を書く力が圧倒的に未熟なわが表現力に直面し、冷や汗をかくこともしばしばですが、せめてブログやコラムは好き勝手にしようと。大江健三郎の作法、さらには対象との接近の仕方が、ぼくのそれらとは大いに違っているとはいえ、「大江的」という批評は素直に喜んでいたのでした、さっきまでは。 しかし。 今日の新聞にも大江さんは寄稿しているのだけれども、これは比較の次元ではないですね。比べられることは、ある意味恥ずかしいことだぞ。今こうしてキーボードを叩く指も具体的に戦慄します。 たぶん、ばれているとは思いますが、僕はコラムを書くとき、こういうことを書きたいとか、これが俺の主張だから皆の者心して聞けとか、そんなことを考えてはいません。書くことのリストやら章立てやらを作ることさえ、ほとんどしません。そもそも強烈な主張をひけらかしたり、世の中のありとあらゆるものに怒りの声を上げたりするタイプではなく、何より明確な意思を持っていない場合が多いのです。それでも、何かを書くことは楽しい。書く材料を生活に見つけようとする努力、それ自体が楽しい。 キーを打つ指と脳みそを最短距離で結んで、言葉を思いつくままに並べていく、出来上がったものを読み直してひどすぎるところには手を加える、これが今のやり方です。それで結果的に、時空を超越するアンゲロプロスの長廻しみたいな文章になればいいなあと、アンゲロプロスが練りに練って映画を作っているであろうことを度外視して、夢でも見るように思っているわけです。論文執筆で行き詰まりを見せる最近になって、ブログへの投稿が増えているのは、そういうやり方を楽しんでいて、それでいくらか脳みそが柔らかくなる、そんな理由からなのです。 ああ、いろんなことを放り投げて本を読みたい、映画を見たい。 2007年 12月 18日
来年はこのブログももう少しバージョンアップしたいと思っています、『Kanta Canta La Vita』です。年末ですね。 2005年7月の開設から、じき2年半を迎えます。先日、総来訪者数が15000名を超えました。ブログの女王らやカリスマ主婦たちのそれに比べれば、そりゃ取るに足らん数字ですが、戯言ブログの一般人オーナーとしては、信じられない数字です。750の記事に対して15000回のヒットですから、ひとつひとつを20人の人に見てもらっているといると考えることもできます。これはすごいことです。僕に限りなく近い20人が、繰り返し見てくれているということも十分考えられますけど。 2年以上も続けていると、当然書いた文字の総量も増え、それに伴って単語の数も増えるわけで、その分、検索にも引っかかりやすくなったみたいです。Googleに限って言えば、いくらでもいるであろう"Kanta"は、そのかなり早い段階で出てきますし、"クリスティーヌ・カウフマン"やら"Vittorio De Seta(あるいはヴィットリオ・デ・セータ)"やら、"Future Film Festival"やら"ルッツァーラ"(これは当然と言えば当然ですけど)やらも同様で、"Cineteca Bologna"はオフィシャルの次、"Gennaro Ivan Gattuso"なんか、ガットゥーゾのオフィシャルサイトとウィキペディアに次いで、3番目ですからね。えらいことになってます。どうしようもない、愚駄愚駄(ぐだぐだ)な文章なんですけどねえ。 とにかく、皆様ありがとうございます。今は春に花咲くために、自らの内側でエネルギーを高めております。もうじき爆発しますので、しばしお待ちを(これは自分に言い聞かせていることは言うまでもありません)。 2007年 12月 17日
画面に彼がちょっとでも映るたび、発情でもしたかのように、ガウガウガウガウと吠えていました、『Kanta Canta La Vita』です。ガットゥーゾの愛称リンギオは犬などのうなり声のことです。(画像はリンギオと一切関係ありません。が、彼の演技は完璧ですね。ほれ込んでいます)とはいっても今回のガットゥーゾ、カメラに嫌われてましたね。いつもどおり駆け回ってはいましたが、カカとかインザーギとかマルディーニとかセードルフとかピルロとかネスタにばっかり光が当たっている印象を受けました。映ったかと思えば、相手選手に抜かれたりする場面だったり、ということも少なくありませんでした。のみならず、怪我?で途中交替。足を痛めたシーンでようやく、この日一番の大映しになったのに、ピンボケで、まったく表情がわからない。フォーカス送りの劇的効果かと思ったら、ピントが合う前に次のショットに切り替わってしまいました。彼の心境はいざ知らん、乙女のようなおっさんの心はくすぶったままです。試合前、「もうこれっきりだ。終わりにしよう…」、そう密かに別れを決めていたのに。満たされぬこの思い。 まあ、日本で大人気になってしまうのも、どこかしら恋人を奪われるような気がしますから、ガットゥーゾはいつまでも僕のもの、そう思えば、これはこれで良かったのか知らん。なんて思ってる人、多いかも知れませんね。 2007年 12月 16日
結局、イタリアに暮らしている間に、イタリアの狂犬ジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾからのメールが届いたのは、彼らがヨーロッパ・チャンピオンになった時だけでした、『Kanta Canta La Vita』です。さびしかったです。 もうすっかり愛想を尽かしたつもりだったのに、いざ、テレビの画面に彼の熱き眼を見出すと…、もうだめです、乙女のようなおっさんの心(詳しくはコチラ)は再び燃え上がります。 吠えろガットゥーゾ! ミランの選手だけは怪我させないでね。 走れガットゥーゾ! 陵南高校の田岡監督なら言うでしょう、「なぜそこにガットゥーゾがいる!?」 今晩が楽しみです。 がんばれガットゥーゾ! 僕はまた聞きたい。実況のアナウンサーが興奮して叫ぶのを。 "C'È DAPPERTUTTO GATTUSO!! (あちこちにガットゥーゾがいる!!)" いつまでも君の姿を見ていたい。だから…、だから、興奮のあまり、パンツまで脱いで、放送禁止にならないでね。 2007年 12月 15日
完全に寝坊しました『Kanta Canta La Vita』です。 京都近代美術館でのアベル・ガンス作品『鉄路の白薔薇』の上映に行くつもりで、前売り券まで購入して、そして寝坊。仮に、疲れた体を引きずり、眠たい目をこすりながら行っても、作品がそれを叩き起こしてくれる予感はあったのですが、向こう、つまり作品とその上映がしっかり準備をして待っていてくれるのですから、こちらもそれに備えるのが礼儀だとか訳のわからないことを言って、朝10時過ぎに布団に入ってしまったのがコトの始まりで、目覚ましを掛ける必要はないだろうと自らを買いかぶったのがコトの終わりで、つまりは運の尽き。上映中の居眠りを恐れて、仮眠を取ったら寝坊するという、本末転倒の極みです。 日々の疲れがこういう形で出てしまうと、本当に滅入ってしまいます。余計疲れます。アベル・ガンスについての野望の始まりがこれでは、先が思いやられます。 2007年 12月 15日
安いプリンターを使っています、『Kanta Canta La Vita』です。 安いからだと思うのですが、僕のプリンターは仕事が遅いです。昨日も、これまで書き溜めたものをまとめてプリントアウトしたのですが、びっくりするほどののんびりさ加減。散らかり放題だった部屋の片づけができてしまったほどです。 ところが一番の問題は、彼の仕事振りではなく、僕の仕事にあったようです。プリンターが、インクという血を吐き、動作音といううめき声を上げて形を与えた僕の思考を、他ならぬ僕が、読みながら居眠りをしてしまいました。こいつは非常に良くない。執筆者が自ら眠ってしまうような文章を誰が楽しむというのでしょう。 どうやら今の僕には、わずか数千円の安プリンターに対してさえ、文句をいう資格はないようです。 2007年 12月 03日
何かと毎日ドキドキしています『Kanta Canta La Vita』です。基本的に臆病で小心者です。 イタリアから帰って、留学前にも会員だった映画保存協会(Film Preservation Society、通称FPS)に再入会しました。ほとんどまったく具体的な活動に参加できておりませんが、今回初めて、協会発行のメールマガジンに寄稿させていただきました。先日大阪で、映画におけるデジタルの活用についての研修会に参加しまして、そのときの報告です。来年は何かしらの活動を関西から発信したいなあと考えています。 『Kanta Canta La Vita』が本名で初投稿した映画保存協会メールマガジン「メルマガFPS」最新30号と購読登録はコチラからどうぞ。もちろん登録/購読はいずれも無料です。 Tags:#映画の保存・修復の話
2007年 11月 27日
イタリアお宝アーティスト発掘集団ODCのHPで、当ブログ管理人『Kanta Canta La Vita』が贈るコラム『シネマテークにしねまっていこ』が更新されました。今回は、シネフィルの聖地シネマテーク・フランセーズについての中編です。 最新号はコチラからどうぞ。 …ODCを紹介するだけのブログにはなりたくないのです。 2007年 11月 14日
外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』も、20回を数えました。恐悦至極に存じます。ひとえに読者皆々様のおかげです。オールドファッション幹太こと『Kanta canta la vita』です。 まだ読んでくださってない方は、「僕たちは甘くない! イタリアお宝アーティスト発掘集団『大阪ドーナッツクラブ』」のHP(リンク)へお進みください。我が駄コラムのほかにも珠玉のネタが満載ですよ。 Tags:#『シネマテークにしねまっていこ』
2007年 11月 12日
凍える手を荒れ狂うノートパソコンのCPUで温め、震える足を燃えんばかりのアダプターで慰めてます、『KANTA CANTA LA VITA』です。 ODCのコラム『シネマテークにしねまっていこ』第20回を脱稿しました。よくもまあ、20回も続けられたものです。読者の皆様の、熱い声援のおかげです。今回から連続2回、いよいよシネマテーク・フランセーズ訪問記になりますが、如何せん、相手がでかすぎる。比して、こちらの語彙と語り口は貧弱すぎる。結果、時期尚早の感は否めない、(いつもどおり)手探りなものに仕上がってます。つまり、仕上がってません。 寒い。本当に寒い。関節が痛みます。これは良くない。 2007年 11月 04日
ボローニャに住んでた頃の家では、台所から見える向かいの家に娼婦が住んでると勝手に想像してました。窓辺に置いてある白いハイヒール、薄着のままベランダでペディキュアを塗る姿。それだけなのに、あの家の女性にとっては本当に失礼なやつです、『KANTA CANTA LA VITA』です。 近頃、家にいることが多いです。べんきょう机に座ると、空き地を挟んだ向かいにある、どこかの会社の社宅が見えます。夕方の西陽になるとその窓に、遠くを行くモノレールが映ります。窓を開けててもその音は聞こえませんが(阪急電車の音はよく聞える)、この季節は窓も閉めてますので、夕焼けの中、無音の中に見るちょっと唐突な印象のあるモノレールの映像は、遥か遠くのまだ見ぬ世界の乗り物のようにも見えます。 時間にして数秒のひと時ですが、日常の雑事や色んな不安、将来の希望や夢を忘れて、脳みそのしわの緊張をほんの少し緩めることのできる、最近の僕の喜びでもあります。 ん? ときに、娼婦とみなすことは、本当に失礼に値するんですかね? 今日の新聞には『日本売春史』という本が紹介してあります。「遊女の起源」は「聖なるもの」? ふうむ。おっと、「聖なる」を「性なる」と変換するのは勘弁してくれよ、my PC。 2007年 10月 30日
その昔、映画の脚本家Zは自らの巨大な額を指差し言ったそうです。「映画はここにあるんだ。これを形ある作品するのが大変なんだ」、と。「書きたいことはここに山ほどあるのに、形ある文章にするのが大変なんだ」、自らの巨大な額を指差し言っております、『KANTA CANTA LA VITA』です。 日常の面白いこと、腹が立つけど文章にしたら面白い予感はあること、映画のこと、映画保存のこと、外部コラムへの自己言及、ブログをほったらかしにしてまで最近していること。書きたいことはたくさんあるのに、今月にいたってはこれが二回目の投稿。これでは、ブログとして機能不全と言うしかありません。 それでも、このブログにいらっしゃる方が減るどころか増えております。本当にありがとうございます。そしてごめんなさい。今はネタを溜め込んで、間近に迫った冬に備える季節、なんとか越冬して来るべき明るい未来を詠うための我慢の時期、そう理解していただければ幸いです。あるいは春を飾るための秋の球根。 ブログのリンクにもあるAtelier Manuke(アトリエ・マニューク)というHPの日記で、フラワーワイルドに投稿した『カビリア』についての文章(前回の日記を参照ください)を紹介していただいております。「ご一読をお勧めします」という結びはフラワイのページに対して向けられたものであるのに、そこに含まれているというだけでとてもうれしくて、また「書きたい欲」がうずいております。冬を目の前にして、すでに春を待ち遠しく思う冬眠前の熊のようです。 現実的にも比喩的にも迫る冬をなんとか生き延びる覚悟です。 春になればきっと・・・、春になればきっと・・・。 ・・・去年もそう思った。 2007年 10月 12日
『フラワー・ワイルド』というサイトに、映画保存についてまとめた記事を載せていただきました。最も有名なイタリア映画の中に、ジョヴァンニ・パストローネの『カビリア』という作品がありますが、そのフィルムとしての運命に魅せられて、関連研究書から材をとって私見を織り込んだ、極々私的なメモのような文章です。『カビリア』の復元同様に、まだまだこれから更新される余地のある文章、との理解で読んでいただければ幸いです。 「映画に対する奔放な想像力と自由な思考。どんなシチュエーションにあっても、語るべきフィルムとじっくり向き合えるタフな知性」(HPより)を、いくらか私にも分けてください。 FOR ANOTHER VISION "FLOWERWILD" 『KANTA CANTA LA VITA』の寄稿。 私は1本も『カビリア』を見ていない 『KANTA CANTA LA VITA』が賛助会員として参加する映画保存協会のインタビューも掲載されています。コチラからどうぞ。 Tags:#映画の保存・修復の話
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大阪ドーナッツクラブ イタリアのお宝発掘集団『大阪ドーナッツクラブ』。人呼んでODC。シネマテークについてのコラムを担当してました。 大阪ドーナッツクラブ公式ブログ(代表によるブログ) 『Kanta Canta La Vita』が所属する上記「大阪ドーナッツクラブ」の代表で、FM802DJポンデ雅夫のブログ。 かのうとおっさんの「ああ密談」 大阪ドーナッツクラブメンバー有北クルーラーのもうひとつの顔。 映画保存協会 日本の映画保存のある部分は、この協会が支えています。 アトリエ・マニューク 映画と映画保存とその周辺(例えばビールとか俳句とか)について書くならば僕はこうしたい、それがこのHPにあります。 赤海老ログ 本職は歌手なのに、僕にとっての彼ら二人はワインの先生です。Colli Bolognesiを共有(共憂)をしてます。 C'è profumo 日本人音楽家の多いボローニャにあって、飲み会でしか会ったことがない友人yukaちゃんのHP。ピアニスト。 ホームムービーの日 NEWS 今こそ8mm。景色を映しただけで映画になる国、イタリアに8mmカメラを持って行きます。 The Internet Movie Database 誰が呼んだかIMDb、えらく重宝します。フォーマット検索とかは最近かなり気に入ってます。 all cinema ONLINE 映画検索に重宝してます。日本語表記はあてにならない場合もあるので注意が必要です。 チネテカ・ボローニャ Cineteca Bologna。ボローニャのシネマテークです。当ブログのカテゴリー『Cineteca Bologna』はこのシネマテークの当日の上映プログラム(概ね日本語)です。 ボローニャの映画館情報(2torri.itより) チネテカ以外の映画館情報。ボローニャにはこんなにたくさん映画館があるんです。 ボローニャの図書館検索 ボローニャには相当数の図書館がありますので、映画という19世紀以降の芸術を研究する僕のような学生が探す本は大抵見つかるはずです。 イタリア国立映画博物館 Museo nazionale del cinema。トリノ。2006年8月に聖地巡礼的に訪れた際には、その建物(モーレ・アントネッリアーナ)の頂上でエレベーターが作動しなくなり、急遽ヘルメットをかぶって徒歩で地上に降りるという映画的に稀有な体験をしました。 チネテカ・イタリアーナ Cineteca italiana。ミラノのシネマテーク。「見せるための保存」を目指しているとのことで、近年新しい上映室が増設されたようです。その名に「イタリア」を冠していることからもわかるようにその歴史はボローニャのそれよりずっと古い。 チネテカ・デル・フリウリ Cineteca del Friuli。北イタリアのフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州ウーディネ県ジェモナにあるシネマテーク。このブログでも報告したポルデノーネ無声映画祭はこのシネマテークが中心になっています。イタリア国内に5つあるFIAF加盟団体の中では最もマイナーなイメージがあるが、実は違いそう。行ってみたい施設のひとつ。 チネテカ・ナツィオナーレ Cineteca nazionale。ローマにある映画実験センター。国立の映画学校で、そのシネマテークはローマのど真ん中トレヴィの泉近くにあるとか。ミラノ、ボローニャ、ローマ間では上映用のフィルムのやり取りが多いように感じてます。 東京国立近代美術館フィルムセンター 日本におけるシネマテークとは何か?考えてみます。常設展や特別展は、何時間でも過ごせます。 シネマテーク・フランセーズ Cinémathèque française。説明無用(?)、世界中のシネフィルの聖地シネマテーク・フランセーズ。2005年、多くの映画人が通ったシャイヨー宮からベルシーに移転し新しい建物になりました。写真を見た限りですが、ものっすごくきれいみたいです。住みたい。 ドイツ映画博物館 DEUTSCHES FILMMUSEUM。フランクフルトにある映画の博物館(そのまま)。ドイツ語も勉強しますか。ドイツと言えばムルナウ財団は、ボローニャのシネマテークの上映でもしばしばその名前を目にします。 オランダ映画博物館 FILMMUSEUM。アムステルダムにある映画博物館。上記ドイツ映画博物館と一緒に訪ねてみようかと計画中。学生でも6.50ユーロ、会員でも4.50ユーロとはちと高いか。(英語あり) Antonio Pignottiコレクション 2006年の「ホームムービーの日(in Italia)」で映写機などの展示をしていたコレクターの方です。いつの間にかリンクしてくれていたので、晴れて初めてイタリアのHPと相互リンクになりました。(イタリア語) Planet World 大阪梅田のシネマテーク。大阪にプラネットありと謳われた「生きた」伝説。 Planetary Film Archives 上記プラネットのフィルムアーカイブです。資料整理のお手伝いをしました。 internet bookshop ITALIA イタリアの本が買えます。バカンスシーズンやその前後を除けばかなり信頼度は高いです。送料も高いですけど。 日本の古本屋 現実世界での古本屋めぐりも好きですが、電脳世界のほうが欲しい本がみつかったりします。 comfm.com イタリアのラジオがネットで聞けます。生のイタリア語を欲してる方にはお薦めです。 RADIO MARGHERITA イタリアのポップミュージックを新旧問わずに流しまくる秀逸なHP。ホームの下のところにある「Ascolta Radio Margherita (マイクの絵)」をクリックすると、Windows Media Playerで聴くことができます。 NHKラジオイタリア語版 その日のニュース約5分と曜日ごとに決められたテーマ約10分をイタリア語で聞くことができます。他の言語もあり。イタリアのラジオに比べ、音声が安定しているように思えます。 Consorzio Vini Colli Bolognesi ワインは全く無知に等しいですが、なぜかしら「おらが村主義」は大切にしていたいのです。日本で一番「ボローニャの丘」について詳しい人になりたいです。「ボローニャの丘」ワイン協会のHP(伊語or英語)。 大相撲 がんばれ力士。 インターネットでモンドリアン こういうのも好きです。 氷温熟成 Bravo! KANTA このビールを評したずっと年下の女の子曰く、「苦味の奥に甘さがある」。ううむ。僕のことを言ってるのでしょうか。 Google日本 何かと便利。 Wikipedia Japan 何かと便利。 以前の記事
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