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KANTA CANTA LA VITA

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2006年 04月 03日

大家から出された「妥協案」について③

「もう新しい家は決めちゃったの?」

哀れな老未亡人然とした様相を保ったまま、彼女は続けます。数秒前の衝撃(あるいは笑劇)から立ち直っていない僕は、ほとんど打ちのめされて口も利けません。

「何件か見た部屋はあるの?」

畳み掛けてきます。失言が失言を呼び惨事を招いた「『大家を侮辱』事件」以降彼女との少なくなった会話では、少なくなったからこそかも知れませんが、最大限の注意を払うよう努めてきた日々を思えば、今こそこの上ない注意力と判断力「タフ&クール」が求められているのを肌身に感じます。

「何件か見たけど、まだ決めてないよ。」

新しい家についてはほとんど決めかけていたにもかかわらず、あるいは本能的に、嘘をつきました。まだ決めていないならこのまま住み続けることについて考えてほしいと彼女は言うのです。

「家を探し始めて判ったんだけど、300ユーロで一人部屋を探すのは不可能ではなさそうなんだ、それも光熱費込みでね。インターネットも含めてだよ。」

彼女の目に少しずつ「ギラ」が戻ってきます。基本的には何かにつけ騒がずにはいられない人なのです。

(今、彼女は390ユーロで僕に部屋を貸していることを踏まえて)
「300ユーロは無理だけど、20ユーロくらいなら値引きしてもいいんだけど。」

笑わずにいられません。衝撃は完全に笑劇に取って代わられます。最も興味深いのは、なぜ僕に残ってほしいのかを言わないところです。いずれにせよこの家から出ることに変わりないことを考えればどうでもいいことではあるのですが、恐らくは眠れない夜に独りであれやこれやと考えたか、家族に何か知らんを言われたかだと想像してます。することもなく独りで考える時間と要らん入れ知恵をする家族にだけは恵まれている人間であることはこの4ヶ月で経験的に学びました。

「300ユーロで住める家があるなら、370ユーロでもこの家は僕にとっては高すぎるんだよ。」

「インターネットだってそのうち使えるようになるし、電話も使う彼ら(今の同居人)がそのお金を払うようにすればいいのよ。」

無茶苦茶です、在り得ません。自らの発言に無責任なところも彼女の特徴のひとつです。ただ、お互いの言い分の正当性は別として、彼女との議論に関する限り僕が完全に優位に立ったのは明らかです。こういう立場は利用しない手はありません。もちろんそれを悪用する意図は僕にはありませんし、ここで言う「利用」とは、これに乗じて穏便に彼女との関係におさらばするということです。僕は基本的に争いも口論も不和も嫌いですし、まして彼女には渡伊直後の生活を救ってもらったという忘れることの出来ない恩義があります。そんな彼女と喧嘩別れなどしたくはないのです。

「どうなるか、もうちょっと見てみようよ。 Vediamo come vanno le cose.」

救いがたくお金のなかった渡伊直後の日々を乗り切るための言葉を僕が口にしたことで、穏やかだったあの頃の二人の関係の思い出が彼女にも甦ったのでしょうか、何とかその場は解放されました。この言葉が、他ならぬ先延ばしの渡世術の表現であることを(それゆえに場合によっては非常に有効ではあるが)知ってか知らずか。(つづく)

by kantacantalavita | 2006-04-03 19:08 | 親愛なる日記


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