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2006年 04月 03日

大家から出された「妥協案」について⑤

巧妙な三の手は、時を置かずして打たれました。

パートナーを無料で泊めてもいいという譲歩(多くの家で、当然のように旅人が無料で寝泊りしているのを彼女は知っているのか知らん)をしてきたその日の内に、非常にくすぐる引き留め策を持ち出したのです。正確には僕は、その時点ではそれが引き留め策であることさえ気づきませんでした。

「映画を観るお金に困ってない?」

困ってます。正しくは、映画を観るのを優先しているため食費に困っている、と言いたいのですが、いずれにしろ今の僕の生活にあっては、お金は在って困るものではありません。おいおい、どういうことだ、関係修復の証としての報奨金か?

「台所の壁を塗るのを手伝って欲しいの。もちろんお金は払うわ。」

なるほど、需要と供給というわけですか。利害関係の現われとは言え、一時の最悪な関係を考えればこういう提案は好くない傾向ではありません。業者に頼んだら100ユーロ以上請求されるので、どうせ払うならCantaに、という訳らしいのですが、その辺の思考回路の意味不明さはこの際問わないことにすれば、100ユーロとまでは言わないにしても臨時収入は非常に魅力的ですし、壁塗りなんてなかなか日本ではできる経験ではありません。奨学金団体への次の報告書のネタ作りにもなりそうですし、喜んで引き受けることにしました。復活祭(4月中旬)前に済ませてしまうことを約束すると、彼女はとても魅力的な笑顔を見せてくれました。ああ、あの頃、イタリアにおける最初の日々、この笑顔にどれだけ救われたことか。

「そうやって笑っているのを見るのが好きなんだよ。」

決して口が滑った訳ではなく本当にそう思っていたのですが、随分クサいことを言ってしまったと今になって思いまして、しかし彼女の「ギラ・ニヤ」ではないほうの笑顔にはある種、そう思わせてしまうところがある、そういう恐るべきイタリア婦人なのです。まあ、僕も随分「安い」男なんですけど。

「そうね、確かにここしばらく色々なことがあったからねえ。」

なにやら随分和んだ雰囲気です。少なくとも、無視し合うより居心地が悪かろうはずはありません。あるいは、ずっとこうなら今の家を出るなどとは考えもしなかったかもしれません。(つづく)
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by kantacantalavita | 2006-04-03 19:12 | 親愛なる日記 | Comments(0)


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