KANTA CANTA LA VITA

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2005年 08月 04日

何かを手に入れるときには何かを必ず失う

何かを手に入れて前に進むということは、後に何かしらを置いていくということだ、みたいな事を30歳(40歳だったか知らん)という年齢に触れて村上春樹が書いていたのは、さてさて『風の歌を聴け』か『ノルウェーの森』か『遠い太鼓』か、あるいはそのどれでもない作品においてだったか。記憶が正しければ、彼自身が30代から40代になるときに、30歳の頃には感じ得なかったものが40歳になって感じられるようになったとか、もっと厳密には39歳のときに身近に感じたものが40歳になることによってまったく別世界のものになってしまう、というような内容を書いていたと思うのだけれど、僕は今27歳で、30歳でも33歳でも38歳でも41歳でも47歳でもないのだけれど、27歳なりにたとえ多くはないにせよ何かを手に入れたということは、27歳なりに少なからず何かを失ったのだろうかと考えるに至り、多分それはそうなのだろうし、そして、それが大人になるということだ、とも村上春樹は言っていた。(はずである。)

というのも、「失うものは何もない」を心のスローガンに、イタリア留学を目指して生きているのだけれど、そのせいで損なわれているものがずいぶんあるように思うのであり、何かを手に入れるためにはその代償があるなんて考えたくはないのだけれども、ううむ、やはり全てを手に入れるなんて事は叶わないわけで、僕もこうして何かを失いながら大人になるのかなあなどと考えるわけである。

元来、いっぺんに複数のことをこなす器用さは持ち合わせていないし、かといってここぞというときに全てをかなぐり捨ててでもというような驚異的な集中力もなく、その二つの間の一番中途半端なところに生まれ育ったもので、あれも欲しいこれも欲しいで結局何も手にできないということがこれまでにもよくあって、今それではいけないことはわかってはいるのだけれども、それでもやっぱり失ったり、こぼしたりするのはいやなわけで、27歳の手にしたものがどれほどのものかなどと言われれば、それは目くそ鼻くそ雀の涙的に取るに足らないものばかりなのでしょうけれど、そうは言っても27歳なりの愛着というか、想いというか、そんなものも持ってますし・・・、いやいや、今は何はさておきイタリア留学のことだけを考えます・・・。えぇ!?でもぉ・・・。
















これを中途半端って言うんですね。

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Naw playing:
"i'm sorry if my caterpillar could hurt you",
by tanake, アルバム『reazioni pilomotorie』より

最近、tanakeのノイズ(雑音)が心地良いです。
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by kantacantalavita | 2005-08-04 02:22 | 親愛なる日記 | Comments(0)


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