KANTA CANTA LA VITA

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2006年 12月 10日

外部連載コラム裏話その1

毎日食事が楽しくてうれしく仕方がありません、なかなかお腹がいっぱいにならないのでなかなか眠りに就くことができません、冬眠前の熊『KANTA CANTA LA VITA』です。今年の冬はずいぶん暖かいですね。

先日から始まりました『KANTA CANTA LA VITA』(改めオールドファッション幹太)による外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』、お楽しみいただけましたでしょうか。楽しんで読んだ方も読み終えて腹を立てた方も、とりあえずは読んで頂き感謝至極にござります。僕以外のメンバーたちのコラムもなかなか力が入っていて、これは下手に手抜きができなくたったと覚悟を決めました次第です。本日、第二回分の第一稿を脱稿しましたので、第一回分についての自らのコメントを少しここで記そうかと思います。

第一回分脱稿時に、コラムの依頼主であるポンデ雅夫もその私信で言及していましたが、あのコラムを読む人は以下の三種に分類できるのではないでしょうか。

・この小ネタをすべて理解できる人
・すべては理解できないけれど、この辺は創作なんだろうなと当たりをつけることができる人
・すべてをそういうものなんだとそのまま受け入れてしまう人

人それぞれに得意分野と不得意分野があり、専門と専門外があり、興味を持つことと持たないことがあることは自明でして、それ故にあのネタが判ったからどう、判らなかったからどう、と言うことには全く意味がありません。判ったところで単なる冗談ですし、全て信じたところで調べてみればすぐ創作であることはわかるはずです(調べるくらいの熱意を持って読んでくださった方なら、読んだ時点でフィクションの臭いは感じられたのではないでしょうか)。もちろん創作であることの暗示として「ブリジトバル堂」とか「映和中辞典」とかのように、比較的「嘘っぽさ」が見えるモノから始めています。そもそも「しねまっていく」なんて。あまり言うとつらくなるので言いませんが、あれは大方僕の創作です。詳しくは続編とも言える第2回で書きましたので、お楽しみに。来週月曜日更新予定です。(第一稿が自主検閲に引っかからなければ、の話ですけど。)

え?で、結局ネタの暴露はないのかって??ううむ。では少しだけ。

まずはタイトル『シネマテークにしねまっていこ』は幾らなんでも皆さんわかりますよね、単なる音の類似としてのおかしさです。え?おかしくない?残念です。先の「ブルジトバル堂」はフランスの女優ブリジット・バルドーです、ああ恥ずかしい。仮に映画言語などというものが存在するならば捉え方次第ではそれを日本語に翻訳することもできるのでは?という発想から「映(映画)和(日本語)中辞典」なんてものを作ってみました。ボローニャでシネマテークだチネテカだなどと吠えているのは結局のところ僕だけですし、もちろんそのことを新聞は取り上げませんし、そもそも「ボローニャの丘(ワインの名前!)新聞」なんてありません。新聞がなければ記事もなく、「書を捨てよ、シネマテークに行こう」は寺山修二の『書を捨てよ、町へ出よう』へのオマージュですし、cinetecare(シネマテークに行く)なとどいうイタリア語動詞がないことはここまで読めばもう明らかですね。自分では結構気に入ってるんですけど、注釈で日本の事情に言及するほどに。「シネマテーク・フランセーズCinémathèque Française」はもちろん本当にあるパリのシネマテークですが、そこに日本人が関わったという記録は少なくとも僕の手元にはありません。『燃えんばかりの熱情』は、イタリア人の映画アーキヴィスト(資料館に従事する人)パオロ・ケルキ・ウザイ氏の無声映画研究書"Una passoine infiammabile"を勝手に訳したものですから本来日本語の小説としては存在しません(いずれ翻訳した際にはこのタイトルにしようかしら)し、となれば登場人物(阿瀬テイと内藤礼人)はフィルムの二大素材アセテートとナイトレートをモチーフにした冗談です。アセテートは不燃フィルムとして用いられ(貞淑というのは言い過ぎだったか)、ナイトレートはフィルムの原罪、可燃性フィルム(情熱的??)です。両者の名前の間の「と」の使い方にはややこだわりが感じられます(かねえ?)。シネマが昔「キネマ」だった事実に基づいて旧形「きねまっていく」を使ってみました(シネマが「死ね」を連想させたとかさせなかったとか)。あ、著者として登場する山中敏八は山中貞雄と藤田敏八を安直に組み合わせたものですが、いずれも好きな監督でフィルモグラフィー制覇しつつあります(もちろん山中は「現存するフィルム」ということです、映画保存を読者の意識下に潜り込ませる意図があります、ないです)。検閲を恐れぬ勇気ある出版社「街捨」出版は最近お気に入りの、1910年代後半から活躍したイタリア無声映画の英雄「マチステ」が当然念頭にあります。いずれ、『大阪ドーナッツクラブ』のHP上に、マチステについての特別投稿を寄せる宣言でもあるわけです。

全部言っちゃいました。その上で今気づいたのですが、脚注内にある新聞の号数を、リュミエール兄弟が映画の初上映をした1895年にしたつもりが、なぜか1898号になってますね。完璧を期して、主宰者に修正を依頼しておきます。

相互補完を目指しつつも、当ブログがコラムの「ネタばらし」の場にならないように注意しながら、これからもそれぞれに言及しながら楽しんで書きたいと思っております。自分で告白した正直さに免じて、これからもアホ満載のブログとコラムをよろしくお願いいたします。

『KANTA CANTA LA VITA』による外部コラム『シネマテークにしねまっていこ』はコチラ

『KANTA CANTA LA VITA』が「オールドファッション幹太」の名でメンバーを務める『大阪ドーナッツクラブ』のHPはコチラ
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by kantacantalavita | 2006-12-10 07:16 | 親愛なる日記 | Comments(0)


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