KANTA CANTA LA VITA

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2006年 12月 25日

ブログのネタ、そんなものはゴロゴロ転がっているだろうに。(上)

夏以降始めたmixiの日記(このブログにつないでますが)が、とうとう「チネテカのプログラム」だけで埋まってしまって慌てた『KANTA CANTA LA VITA』です。一部マニアの方々を除いては、誰がそんなブログを読むというのでしょうか。日記の充実を目指します。

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僕は、純粋に、心の底から、その本の配達を心待ちにしていただけなのです。

4ヶ月待ってようやく発送にまでこぎつけた"Conservazione e restauro del film(フィルムの保存と修復)"という、チネテカ付属の市立図書館でも見たことのない映画保存関連の本です。インターネットで見つけてすぐ手配して、一度は「入手不可能」を宣告されたにもかかわらず諦めずに手配請求を繰り返して、4ヶ月かけてようやく見つけ出した本だったのです。発送済みのメールを受け取って3日が過ぎ、そろそろ届いてもいいだろうと目星は付けていました。これまでの経験から、ネットで頼んだ本は午前中に配達されるという予測もありました。

が、ほとんど習慣になってしまった昼夜逆転の生活のせいで、9時半に呼び鈴が鳴ったとき、僕は完全に夢の中にいて、最初にそれに気づいたときには一体その音が何を意味するのかわからなかったほどです。

ヒステリックに繰り返される「何か」の音。ちょっと待て、アレか??アレか??アレがそこまできているのに俺は一体、この布団のやさしさに包まれて何をしているというのだ。わかってるのか、アレだぞ。目覚まし時計では決して起きなくなって久しい日々ですが、飛び起きます。待っていたものが届いたのですから。

インターフォンが告げます、「Kanta Shibataにお届け物です。」ほぉ~ら、やっぱりアレだ。完全に眠ったままの脳みそもそれは理解できます。夢にまで見た、というやつです。「下まで取りに来てください。」インターフォン越しに配達人はそう言います。おい、君の仕事はお届け先のドア口までソレを持っていくことだろう。3階だからと言って、サボって良い法はありません。しかし、長いこと待っていたアレですから、僕も寛大です。「すぐ行く。」そう告げ、鍵を手に短パンフリースという格好で階下に降ります。

のんきそうな配達人が、ciao(やあ)とのんきそうに言います。そののんきさで3階まで上がってくれればいいのに。まあいい。待っていたものようやく届けてくれた彼に対して邪険に振舞うのはこちらとしても気分の良いことではありません。

「釣りはとっとけ。」5円程度ですが、気前良いです。持ってるかどうかも怪しい彼の釣りを待つよりも、早く本を手にしたい、封を切りたい、ページを繰りたい。気がはやります。3階の自分の部屋に着くのを待たず開けられる封筒。「おお、これか!専門書らしいじゃないか!!ほほう、パゾリーニ作品の修復か・・・。」

本に釘付けの視線をそのままに鍵穴に鍵を差し込み、回します。否、回そうとします。回りません。混乱の兆し。上がりっぱなしの興奮ついでに4階まで上がってしまったか。すまんね、4階の住人、なんせ俺は本が届いてうれしいんだ。間違って鍵を突っ込むことくらいあるさ、許しておくれ。否、3人暮らしのこのフロアで唯一僕だけ名前が書き込まれたKantaという文字が表札に読んで取れます。具体化する混乱。なぜ、僕の家に僕の家の鍵で入れないんだ。

握りしめた鍵、僕の部屋の鍵と思っていたものに目をやります。

鍵です。

確かに鍵です。

クリスマス休暇中の留守番を頼まれた友人宅の鍵。ふふふ・・・、ふ?

鍵は持っているけど、その手に握られた鍵は自分の部屋の鍵ではない。ヘイ、メ~ン?意味がわからないよ。じゃあ、俺の鍵はどこにあるってんだい??当然、部屋の中です。部屋の中で比喩的にぐっすり寝込んでます、あるじの災難の幕開けにもかかわらず。

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という訳で、決して、決して決してネタ探しをしていたわけではないのですが、一昨日、家の中に鍵を閉じ込めてしまいました。イタリアの住宅事情をあまりご存じない方々のために補足しますと、こちらでは十中八九家の鍵はオートロック式です。あまりにも多すぎる泥棒たちのせいでしょうか。オートロックというのが日本の方々にとって語弊があるというのであれば、ホテルの鍵を想像していただければよりわかりやすいでしょうか。そう、コメディでよく見かける、バスタオルを腰に巻いて部屋から出たら鍵が掛かってしまって部屋に入れなくなる、というあのタイプのドアです。

僕は今、ホテルの鍵という例を、皆様の理解を深めていただくためのきっかけとして用いました。と同時に、勢い余って結論まで言ってしまいました。「部屋に入れなくなる」と。

ちょっとちょっと。クリスマス休暇最初の土曜だぜ。同居人マウロはもうシチリア、近日中に帰省するはずの同居人イレーネも、昨日から家に帰ってません。え??ああ、大家の電話番号ね。持ってますよ、持ってますとも。部屋の中の携帯の中に。あ!そうか、電話帳で調べれば連絡は付く。テレホンカードとお金は部屋の中ですけど。それならば、イレーネのお母さんに電話して、イレーネにすぐ家に帰ってもらうように言えば良いのか!だから、どうやって電話するんですか。へっへっへ。この建物に大家の家族が住んでたはず、彼女に会いさえずれば全ては・・・。こういうときは不在と決まっています。

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こうして、実に五時間前、その日の午前4時半に読み終えた『デスノート』の夜神月ばりに頭を使うことによってその日は幕を開けました。

(つづく)
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by kantacantalavita | 2006-12-25 07:51 | 親愛なる日記 | Comments(4)
Commented by ecaep_dlrow at 2006-12-25 18:12
いや~申し訳ないですが、人の悲劇は楽しいですね!
風邪はひかなかったすか?ってかどうやって家の中に・・?
Commented by kantacantalavita at 2006-12-25 21:01
ecaep_dlrowさん、ありがとう。"ecaep_dlrow"って何か意味あんの??いやあ、僕もこれまで人の悲劇をずいぶん笑ってきたからね。自分のも笑わないとやり過ごせん。続きは近日中に!!
Commented by ecaep_dlrow at 2006-12-26 17:55
ecaep_dlrow 反対から読むとわかりますよ☆
は~い、続き楽しみにしておりま~す!!
Commented by kantacantalavita at 2006-12-26 21:41
ははは、ecaep_dlrow。俺は名探偵どころか、普通の探偵にもなれそうにない。てっきりトルコ語か何かと思ってたよ。


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