KANTA CANTA LA VITA

forsecanto.exblog.jp
ブログトップ
2007年 06月 25日

外部連載コラム裏話その9

e0017332_1037988.jpg先ほど、外部連載コラム『シネマテークにしねまっていこ』第15回を脱稿しました。今回は、いよいよ今週末に迫った復元映画祭の概要です。概要であり、今回の映画祭の特集の簡単な説明の予定だったのですが、まったく簡単でなくなってしまって、正直慌ててます。概要の時点で、中身が濃すぎる印象をどっしりと持ってしまいました。タフな8日間になることは間違いありません。

コラムの原稿にも書きましたが、このブログで「世界一早い日本語による映画祭報告」を毎日お伝えする予定でいます。色んなことを考えると、映画祭が終わってから書くよりは、何かとその方が僕にとっても都合がよいのです。大変な作業になることは、火を見るよりも明らかですし、いったい誰がそんなもの読むんだという若干の恐れもありますが、何より僕自身が楽しんで映画祭に参加し、その報告を楽しんでできたら良いと思っています。

  *

裏でもなんでもないですが、今回の投稿について一言だけ。

「復元映画祭」と繰り返し言ってますが、場所を代えて僕は「修復映画祭」と言ったこともありますし、イタリアの仲間には当然「チネマ・リトロヴァート」と言っています。イマイチ日本語での呼び名がはっきりしないのは、この、"ritrovato"にいろんな意味があるからで、そのことはコラムの中でも書いていますが、そのひとつに「再発見」という言葉を僕は使いました。映画祭のHPの解説を訳して、「認知されていない作品、誤って認知されている作品、再発見された作品、復元された作品」と、コラムでは記しているはずです。

「再発見」。再び発見することです。イタリア語では"riscoperta"だったはずです。日本語で「もう一度見出す」、なんても言えば、まさにこれが"ritrovare"という動詞("ritrovato"はその過去分詞)の意味です。だから、何となく今になって「再発見映画祭」と呼ぼうかなあなどとも考えていますが、それは別として、再発見ってなんでしょう。

  *

作品や監督や時代の再評価、傷んでいたフィルムの復元版の公開、そういうことと一緒に、紛れもない「再発見」が、映画史ではしばしば起こります。

現在、世に残っている無声映画は、総制作数のほんのわずかでしかありません。失われた量は80パーセントとも90パーセントとも言います。実際の数字ははっきりしませんが、いずれにせよ、もうこれは、どちらかと言えば「ほとんど残っていない」と言った方が良さそうなほどだと思います。山中貞雄の映画作品が、トーキーを含めても26本中3本しか今のところ現存しないのは有名な話です(現存するのはトーキーだけです)。

今僕は、「今のところ」という言葉を使いました。そうなんです。この先どこかから、失われたはずのフィルムがひょっこり出てくる事だって十分ありえるのです。コレクターの所蔵に含まれていたり、どこかの倉庫に眠っていたり、100パーセント存在しないとは言い切れない余白が、残されているのです。そして、何らかのきっかけで見つかった場合に、「再発見」という言葉が使われるのです。

その意味での再発見の他に、日本語でも「再評価」の意味で「再発見」という言葉は使われますし、この場合もこの映画祭ではニュー・プリントのフィルムでの上映が多いです。映画の復元が複製という意味での再プリントを元にしているという意味で、どうもやっぱり"Cinema ritrovato"は「再発見映画祭」とするのが妥当のような気はするのですが、なんとなく語呂が悪い。それでなんとなく、今は「修復」という言葉より「復元」の方がフィルムに関しては用語として適切なような気がしているので(その辺は、まだ勉強中です)、結局、「復元映画祭」という呼び名に落ち着いたわけです。少なくとも、片仮名で「チネマ・リトロヴァート」なんて言うよりは良いでしょう。

  *

フィルムに限らず、新しいことよりも「再発見」を好む傾向が僕にはあります。チンクエチェントが好きなのもその現われのひとつでしょう。映画についても、同じ作品を繰り返し見るのが好きなのは、そのつど発見があるからです。新しいことではありません、いつも同じ作品なのですから。そのものに対する自分の接し方が変わる。再評価であり、再発見なのです。好きか嫌いかではなく、そういう傾向が僕にはあって、傾向の中に身を置いているととてもリラックスできる。居心地が良い。それが好きです。

今回の映画祭に関しては、例えそれが映画史上の再発見であっても、僕にとっては厳然たる新発見であることが多くて、そういう時とてもエネルギーを使います。映画祭の方針はとても居心地が良いし好きなのに、その実、学ぶことが多すぎて、8日間が過ぎた後ではくたくたになっているはずです。まあ、たまにはそういうのも良いでしょう。

報告をお楽しみに。
[PR]

by kantacantalavita | 2007-06-25 09:53 | 親愛なる日記 | Comments(0)


<< 劇場で映画を。      500のある風景(その8) >>