KANTA CANTA LA VITA

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2005年 09月 06日

自分で言うのもなんですけど。

部屋の掃除をしてみて気づきました。
この量は尋常ではありません。
2年半、貯めに貯めたビデオです。
我ながら感心しさえします。
しかし、はっきり言って異常です。
万が一、我が家に家宅捜査が入った場合、僕は間違いなく週刊誌上をにぎわす精神異常者として扱われかねません。

さしづめ蟻塚です。
うちの蟻塚は、幅60cm、奥行き40cm、高さ120cm。
うちの蟻塚は、幅40cm、奥行き50cm、高さ140cm。
うちの蟻塚は2つあります。
6畳半に2つ蟻ます。
住処を作った結果としての蟻塚と、住処を破壊しかねない蟻塚ではその存在意義はまったく異なりますが、少なくとも形態は似ています。

あるいは、現代のバベルの塔と喩えることができるかも知れません。
人間が自らの力を誇示するために天に届く塔の建設を始めたと書き記されている古代バビロニアのバベルの塔と、置き場に困って高みへ高みへと積み上げられていったとここに書き記されている我が家のバビルの塔ではその存在意義はまったく異なりますが、いずれ崩れ果てるという運命は似ています。バベルの塔崩壊後、神の怒りに触れた人間は、それまでひとつだった言葉までもばらばらにされてしまいます。うちのバベルの塔は、日本映画、イタリア映画、フランス映画、ロシア映画、フィンランド映画、アメリカ映画などからなってますので、その意味ではすでに言葉はばらばらですが、僕には共通の言葉である映画言語があるので大丈夫。

なんて馬鹿なこと言ってる場合ではありません。

この部屋に寝ることに恐怖を覚えます。

うちの蟻塚は、安定陸塊の楯状地・卓状地からなるアフリカの蟻塚ではないのです。新期造山帯にあってその中でも地震列島・地震大国と呼ばれる日本の蟻塚です。近くを歩いただけで揺れるのに、地震なんかに襲われた日には震度に関わらずひとたまりもありません。

うちのバベルの塔は神の力を借りるまでもなく崩れ去ること間違いなし。自らの重さと畳の傾きにビデオ同士が触れる面の摩擦力が耐え切れなくなったとき、それは自然に崩壊するのです。自然の力を神の力と考えるならば、あるいはそのときうちのバベルの塔は真に、神を超えることができなかった現代のバベルの塔として語り継がれることになるのでしょうか。

なんて馬鹿なこと言ってる場合ではありません。

この部屋に寝ることに恐怖を覚えているのです。志半ばにしてビデオの山で遭難死などしたくありません。ビデオに殴打され、ビデオに暴行死に追いやられるなんて勘弁願います。そのためにはやはり、無敵の蟻になって無敵の蟻塚を作るか、神をも凌駕し天に突き刺さる現代のバベルの塔を築き続けるか、あるいはいつか広い家が買えるまで、はたまたDVD化できる環境が整うまで、両親と一匹の犬だけになった実家におとなしく置かせてもらうかです。
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by kantacantalavita | 2005-09-06 23:42 | 親愛なる日記 | Comments(0)


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