KANTA CANTA LA VITA

forsecanto.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:親愛なる日記( 298 )


2011年 07月 16日

振り返ればやつがいる

息子と留守番中、『Kanta canta la vita』です。

留守番をしながら、Silvano Agostiの "Il ballo degli invisibili"の翻訳をしております。振り返ると、ゆりかごの中で息子が眠っています。ん!? 笑ってる? 間違いなく笑っている? おや、真顔にもどった。

そういえば僕のパートナーも、よく寝ながら笑います。イヒヒヒという笑い声で、何度か目が覚めたこともある。血のつながりですかねえ。

TwitterとFacebookを始めたけれど、いずれも楽しみ方というか使い方を学ぼうとするほどには熱心に取り組んでないわけで、結果、上記のような「きづき」みたいにつぶやくなら、やっぱりブログが良いなあなんて、思うわけです。

『Kanta canta la vita』がオールドファッション幹太の名で翻訳を掲載している「シーライトパブリッシング」さんのウェブはこちらから。僕の翻訳は、77.「くたびれた靴、清らかな心」、92.「みんなはみんなとおんなじだ」、59.「見えない鳥かご」です。他のメンバーとの翻訳スタイルの違いも楽しんでください。
[PR]

by kantacantalavita | 2011-07-16 13:47 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2011年 04月 08日

みんなはみんなとおんなじだ

出版社シーライトパブリッシングさんのホームページで拙訳「みんなはみんなとおんなじだ」が掲載された『Kanta Canta La Vita』・・・、でした。
[PR]

by kantacantalavita | 2011-04-08 01:18 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2011年 03月 16日

くたびれた靴、清らかな心

花粉とハウスダストのピークが来ています。明日はまた引越しです。『Kanta Canta La Vita』です。

大変なことになりました。東日本大震災。

山形出身の僕にとって、仙台はあこがれの「ビッグ・シティ」であり、海鮮に目がない僕には三陸のリアス式海岸はユートピアであり、テレビから聞こえてくる東北訛りは母なる言語です。

非力な僕には、救援隊としてかの地に赴くこともできなければ、巨額の義援金を募ることも送ることもできません。電気を消して、早く寝ることくらいをせめてものヴォランタリー精神の発露としなければなりません。

その前にひとつだけ。
シーライトパブリッシングさんのHPに拙訳「くたびれた靴、清らかな心」がアップされました。奇しくも、シチュエーションは避難所生活を送っている人たちに少しだけ通じるところがあるかもしれません。不謹慎?

「映画の保存」とか「知的好奇心の輪」とか、とても言える状況ではないかもしれません。
いえ、こんなときだからこそ言わなければなりません。
[PR]

by kantacantalavita | 2011-03-16 01:10 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2011年 02月 26日

翻訳プロジェクトが始まりました。

山あり谷あり、おお、la mia vita! 『Kanta Canta La Vita』です。

大阪ドーナッツクラブメンバーと共同で、1冊の短編小説集を翻訳するプロジェクトが始動しました。

出版会社シーライトパブリッシングさんのHPにて、期間限定で翻訳原稿を掲載します。

今回僕達が翻訳するのは、もはやおなじみシルヴァーノ・アゴスティの"Il ballo degli invisibili"(見えないものたちの踊り、という意味)です。個性豊かなドーナッツたちが、それぞれの好みと解釈でそれぞれが選んだ作品を翻訳します。更新は毎週月曜日。僕自身も、他のメンバーの訳を読むのを楽しみにしています。


シーライトパブリッシングさんのHPで公開されている大阪ドーナッツクラブの翻訳プロジェクト『九十二の短い長編小説』はコチラ!!
[PR]

by kantacantalavita | 2011-02-26 22:57 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2011年 01月 09日

長い「今」、大きな「ここ」

580円のメルロー、思ったより悪くなかったです。『Kanta Canta La Vita』です。2006年より、赤ワインはメルローと決め飲みしております。

---

近頃読んでる本に、とある引用があった。

When I pronounce the word Future,
the first syllable already belongs to the past.
「未来」という言葉を口にするとき、最初の「み」はすでに過去に属している

ヴィスワヴァ・シンボルスカの詩だそうだ。ノーベル文学賞受賞者である彼女の詩をこれまで知らなかったことはさておき、せめても「今」、それを知ることができたことはうれしく思う。彼女は同時に、「『沈黙』と口にしたとき、すでにそれは壊れている。『無』と言った瞬間、すでにそこには何かがある」というようなことも書いているようだけれど、確かにどこかで聞いたことがある表現ではある。その出処が彼女だったということか。

いずれにせよ、どこかにあるであろう純真無垢の映画について考える「今」、頭の中でコチンと何か音がした気がした。完全な映画、欠落のない映像、劣化していないフィルム、評価される以前の作品、そうした汚れなき映画を見たいと僕は望みながら、それを見た瞬間にその完全性は失われるというジレンマ。そんなことを「今」は考えている。そして、ここで言う「今」は、本来的で瞬間的な「点」としての「今」ではなく、いくらかの、あるいはとびっきりの「長さ」を持っているということも、どこか知らん僕を喜ばせる。スチュワート・ブランドの「ザ・クロック・オブ・ザ・ロング・ナウ」を読んでいて、いろんなことが少しずつリンクしていくのを感じる日々。

ああ、まるで備忘録。

"The Clock of The Long Now", Stewart Brand, Basic Books, 1999, p.29
[PR]

by kantacantalavita | 2011-01-09 00:08 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2010年 04月 18日

Silvano Agosti特集その3

今度は名古屋です。
恒例となったイタリア映画祭@有楽町に完全に重なっており、ある種本当の意味で「裏イタリア映画祭」です。
5日には会場となる名古屋シネマテークさんに行く予定です。

詳しくはこちらを参照ください。
[PR]

by kantacantalavita | 2010-04-18 13:24 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2010年 02月 14日

Silvano Agosti特集その2(今夜はそんなに酔っていないよ)

新聞各紙に記事掲載をお願いしながら、愚ブログで宣伝しないのは怠慢としかいえない『Kanta Canta La Vita』です。

ご好評いただきました京都駅ビルシネマでのアゴスティ特集、ただいま上映作品を拡充して淡路東宝2で公開中です。いきなりですが明日、最終日。オリンピック上回れとは言いませんが、フィナーレなりのお客さんが来てくれたらいいなあ。

詳細はこちら

いよいよ「アゴスティさんの次」について考えなくっちゃ。
[PR]

by kantacantalavita | 2010-02-14 01:28 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2009年 09月 28日

ああ、ラムちゃんに酔って。

もう酔わせないでおくれ、my ラムちゃん。麗しの君は妹が数百円で買ってくれたインドネシア土産ラム酒。

e0017332_1454668.jpgまず宣伝。
『Kanta Canta La Vita』が字幕制作に関わったイタリア映画作品が公開されることになりました。裏イタリア映画祭を企てている人間の第一歩としてはかなりかなり上々です。「アゴスティ」とか「モリコーネ」とか、「クワルティエーレ」とか「愛の渦」とか、「カーネーションの卵」とか「快楽の園」とか、"Quartiere"とか"Uova di garofano"とか"Il giardino delle delizie"とか"Silvano Agosti"とか"Ennio Morricone"とか「姉妹都市映画祭」とか、キーワードはたくさんありますが、興味をそそられた方はすべからくコチラへ!!

えっと、上記を見ていただくまでもなくここでも載せちゃいましょう。

イタリアを代表するインディペンデント映画の勇者、シルヴァーノ・アゴスティの作品が本邦初公開です。今回は代表作3作品に限った特集上映ですが、初めて日本で翻訳された「誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国」もなかなかの売れ行きのようですし、何ならこの映画祭の機会にもうちょっと売れたら良いのにとかも思うわけで、おそらくアゴスティの再評価が進むことは、これからの日本の社会と映画界に少なからぬ良し悪しの影響をもたらすと信じております。

ところで8ヶ月もほったらかしにしているブログはもはやブログとさえ呼びません。『Kanta Canta La Vita』です。実に、実にいろんなことがありました。ただ歌えていないだけです。幹太(KANTA)は人生(LA VITA)を歌う(CANTA)つもりではいるのです。

大阪市北区天神橋筋界隈の「ニエプスの庭」のあるアバラ家から脱出し、京都市は梅小路公園が歩いて数秒の地域に引っ越して4ヶ月が経ちました。障子に張り付くように暴れていた「Go!キブーリ」に寝込みを襲われ、今こうしてキーボードを叩きます。つい覚醒しちゃったのです。

アゴスティ映画プレミア上映は10月23日から27日。その日の上映の最終回、場合によってはその前の回も、われらODC(大阪ドーナッツクラブ)のメンバーの誰か知らんがそこにいるはずです。『Kanta Canta La Vita』ことオールドファッション幹太も上映終了時には間違いなく駆けつけます。隙あらば、今後のイタリア映画と日本におけるイタリア映画上映について語らいましょう。FUOCO!!
[PR]

by kantacantalavita | 2009-09-28 01:40 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2009年 02月 01日

実に彼らはトビウオのようで。

e0017332_16640.jpg最近は1時間に2000m泳ぐことを目指しています。目指しているため、まだ達成はできていない『Kanta Canta La Vita』です。体調を崩して自我の「タガ」みたいなのが外れかけてくると、口の中の歯が巨大化する錯覚に囚われる僕の前世は鯨だと信じて疑いません。

夜、仕事が終わってからプールに向かうと、そこには青年中年高年スイマーの姿しかないのだけれど、子供向けのスイミング・スクールが開かれる土曜日の日中となるとその光景は一変する。緩慢な水しぶきの音しか聞こえない普段の空間に、子供たちの喚声とコーチの叱咤激励がこだまし、いつの間にか忘れてしまっていた「キッズ特有の元気」で満たされる。細くて短い腕をめいっぱい伸ばして、それをぐるんぐるん振り回すようにして泳ぐ彼らの姿は、僕に若いトビウオを思わせる。トビウオが果たしてどのようなものかは実のところよくわからないのだけれど、きっとトビウオの肌も子供たちのそれみたいにツルツルペカペカしてるんじゃないかしらん。硬くて大きなウロコがびっしり…、e0017332_058553.jpgとかいうのとは違うものを想像します。そんな実にトビウオのような子供たちの泳ぐ姿を眺めていると、老いた鯨然として休憩している僕も、「あと100m泳ごう」という気になってくるから不思議。熟練スイマーに囲まれて、ほとんど無我の境地で泳ぐのも気分の良いものだけれども、たまには(月に1回くらいは)こうやって、哺乳類の鯨からは想像もつかない魚類の世界を身近に感じつつ、ほとばしるしぶきような活力に感動しながら泳ぐのも悪くないなあと思ったのが今日の素敵な出来事。

先日、とある試写会に参加したあとのお茶会で、同席したとある美人が愚ブログのことを「本当に面白いですね」って言ってくれました。映画のことに詳しい方なので、おおかた重箱の隅をつつくような映画祭報告や、日本で鑑賞機会がないことをいいことに好き勝手書いている批評まがいのことを指して、「ホントウニオモシロイデスネ」と言ってくれているのだと勝手に解釈しています。それで調子に乗ってひっさしぶりにキーボードを叩いているわけです。

…なんか最近頭が固いです。肩も凝ります。想像力を取り返すためにブログを書くってのも悪くないようです。
[PR]

by kantacantalavita | 2009-02-01 01:04 | 親愛なる日記 | Comments(0)
2008年 12月 25日

年の瀬の癒しを求めて。

天神橋3丁目。
やせ細ったトラ猫が
足マッサージ店の呼び込みの姉ちゃんに
寒気を覚えるほどの熱心な視線を送っていた。
[PR]

by kantacantalavita | 2008-12-25 23:09 | 親愛なる日記 | Comments(0)