KANTA CANTA LA VITA

forsecanto.exblog.jp
ブログトップ

<   2008年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧


2008年 07月 29日

生きるにはちょうど良い日々だ

よく、なかなか芽の出ない遅咲きの自分の喩えとして使っていたセミの幼虫が、次から次に成虫になって夏を景気づけています。庭の木には抜け殻が「すずなり」。僕は今年のセミたちにも置いてけぼりを食わされるのでしょうか?

毎日暑い日が続きますが、どうもおかしい。ちょっと変。恐ろしく暑い大阪市のど真ん中、容赦なく頭頂部を焦がす直射日光と、コンクリートとアスファルトの逃げ場のない照り返しによって、魚の両面同時焼きみたいになっているにもかかわらず、なぜこんなにも気分が良いのでしょう。気分が良くて何が悪い、と誰かが言ってましたけど、普通の人は夏本番を迎える7月末にこんなにもウキウキしません。はしゃぐのは夏休みが始まる学生くらいです。しかし、ここのところずっと、街行く僕の足取りは、なぜか知らん飛び上がるほどに軽いのです。

思えば、僕は、日本の7月は3年ぶりなんですね。しかも3年前は留学の準備で日々駆け回っていて、常に心配事を抱え、気分はとっくにイタリアに行っていて、日本の夏を楽しむどころではなかった。景色を目にしてはいたけど、見えていなかった。となると、ずいぶん久しぶりに日本の7月を体験しているわけで、その懐かしさと物珍しさが入り混じったような、ようやく日本に帰ってきたような、そんな心持が、僕の気分を良くしているのかも知れません。

ちなみにこのブログを始めたのは2005年の7月で、曲がりなりにもブロガーとしても3年が過ぎました。3年前は「タフになりたい」とかつぶやいて、2年前はボローニャの映画祭に夢中で、去年は「にしんがうまい」とか吼えている、そんなとりとめもない、要領を得ない日々の記録ですが、あるいはもしかしたら、こんな言葉の羅列が僕の抜け殻なんじゃないかという気もしてきます。セミの抜け殻のように軽くて中身もなくて、ぺりっとめくってふっと息を吹きかければどこかに行ってしまいそうな日焼けの皮のような言葉ですが、脱皮の繰り返しの成果だと信じ込めば、書くという行為をもう少し続けてみようかなあという気にもなります。

もうじきイタリアから戻って1年です。飛び上がるのは足取りだけにして、地に足つけて、根を下ろす場所を求めて旅する根無し草生活に区切りをつけて、きちんと暮らし始めるにはモッテコイの時がようやく来たようです。インディアンの言葉に「死ぬにはちょうど良い日だ」なんてのがあるらしいですけど、拝借すれば、いろんなタイミングと意味不明な気分の良さが重なり合った7月は、「生き始めるにはちょうど良い季節」なのかも知れません。
[PR]

by kantacantalavita | 2008-07-29 00:19 | 親愛なる日記 | Comments(0)