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2006年 07月 14日

Il cinema ritrovato 2006 (ボローニャ復元映画祭)

チネマ・リトロヴァートの報告書を少しずつ載せます。濃密過ぎた8日間を振り返ります。個人的な報告書であり、個人的に正式な報告書として正確を期したものの、一部的確ではない場合もあります。勘弁。

e0017332_236538.gifIL CINEMA RITROVATO 2006,
Bologna (ITALIA),
sabato 1 – sabato 8 luglio 2006
第20回ボローニャ修復映画祭(イル・チネマ・リトロヴァート)報告書
日時:2006年7月1日(土)~7月8日(土)
於:ボローニャ(イタリア)


2005年夏から2007年夏にかけての2年間のイタリア留学における最も重要な映画祭の一つであり、ボローニャを留学先に選んだ理由の一つでもあるイル・チネマ・リトロヴァートIl Cinema Ritrovatoが始まった。この映画祭の主催であるチネテーカ・ボローニャCineteca Bolognaでの通常上映もこの上なく刺激的な毎日であるが、今年で20回目を数えるこの映画祭は、取り上げる作品、組まれる特集を考慮すれば一際別格の存在である。チネマ・リトロヴァート。イタリア語に忠実であれば、「再び見出された映画」を指し、それは一方で、長く失われたと思われていた映画作品の発掘と修復を、他方で、記念すべき映画人(生誕~年、没後・・・年など)の再発見・再検討を意味する。

【初日(2006/07/01)】
10:20 主会場であるチネマ・リュミエールCinema Lumière(Cineteca Bologna, Via Azzo Gardino 65, 40122, Bologna ITALIA)のチケット売り場の到着。普段通い慣れた場所とは言え、ここ数年持ち続けてきた期待、数日前に公表されていたプログラム、会場に飛び交う普段は聞き慣れぬ言語など、諸々の理由によりやや緊張する。街の中心であるマッジョーレ広場Piazza Maggioreで期間中開催される野外上映(当然無料)以外は全てのプログラムがチケット制で、フリー・パスも販売される。ボローニャ大学に登録しているため学生料金の20ユーロで、学生パスを購入。通常のフリー・パスは50ユーロ、通常上映は1プログラム6ユーロ(学割で3ユーロ)、市立劇場での特別上映『ヴィンダミア夫人の扇』が13ユーロという料金設定は、上映作品の質と量を考慮すれば破格である。
最初のプログラムは14時45分からのジェルメーヌ・デュラック特集で、その開場までしばらく時間があるので、期間中、チネマ・リュミエールに隣接する市立図書館(Biblioteca Renzo Renzi、何度か当ブログで言及した映画と写真に特化した図書館)で開催される書籍市をのぞく。間違いなくこの留学中に手に入れたい1冊Il cinema ritrovato – teoria e metodologia del restauro cinematograficoを探すも見つからず。が、収穫もあり、今年の新刊Il restauto cinematografico – principi, teorie, metodi、1975年の古本Il neorealismo cinematografico italiano、1994年にボローニャで開催された映画以前史展のカタログGeografia del precinema – percorsi della visione dalla Camera oscura alla Luce dei Lumière、イタリアに居ながら英語の本にも手を出しThis Film is Dangerous – A Celebration of Nitrate Filmの、計4冊を購入。貧乏学生には全てが痛い出費だが、1年に一度のお祭りであるため、ほとんど悩まず。特に最後の英語の本はその存在は知りながらあまりの巨大さと海外から購入する際の送料を案じて買わずにきたが、ここで会ったのも何かの縁と自らを納得させて思い切る。そのような事情から、憧れでもある恐ろしく魅力的な映画ポスターには今年は手を出さないことにする。周りの中高年たちの買いっぷりに圧倒される。DVDではジガ・ヴェルトフの未見作品や、監督マリオ・カメリーニと俳優ヴィットリオ・デ・シーカのコンビ作品集が目を引き、VHSではジョナス・メカスの3本に思わず手が伸びるも、我慢する。もう会えないかも知れないがここはひとまず涙を飲むことにする。イタリア国外の製品の品揃えも豊かなので、ザヴァッティーニの“La veritàaaaa”が、何かの偶然で置いてないものかと考えるも、見つかるべくもなく。日本ではVHSでの鑑賞も限られている加藤泰などがヨーロッパで発売されていることを知り愕然とする。
上映開始までもう少し時間もあるのでチネテーカの敷地内のベンチに腰掛け、購入した本を眺めたり、プログラムの確認をしたり、今この瞬間にボローニャに居る喜びを日本にいる知人にぶちまけたりしながら時間をつぶす。普段は図書館での学習に疲れた学生と多かれ少なかれ大なり小なりの映画関連の郵便物の配達に来た配達員しか見かけないと言ってもよい広場内に世界中の映画研究家や映画修復家、映画偏愛家や所謂映画人が勢ぞろいしているように見える。正面玄関前が特にあわただしく、黒塗り黒光りの巨大なメルセデスが行き来を繰り返す、その都度誰か知らんをどこかへ運び、誰か知らんをどこかから運んでくる。チネテーカ・ボローニャの2トップの一人であるジャン=ルーカ・ファリネッリが携帯電話で話しまくっている。

14:45 Cinema Lumière 1 (Sala Auguste)でジェルメーヌ・デュラック特集Germaine Dulac, cinéma pur開幕。上記ファリネッリ氏がこの特集の編者Tami M. Williamsを紹介する。F氏によれば今回のチネマ・リトロヴァートでは若い映画研究者の参加、貢献が顕著だとか。確かにタミ・ウィリアムスも若い。ずいぶん若い。特集の概要説明の際には、緊張のせいか少女のような面影さえ見せる。(おじさん的我が物言いに辟易としている私。)とにかく映画修復の分野での若い人の活躍は刺激的である。その舞台の華々しさには嫉妬さえ覚える。まあ、スロー・スターターなのだと諦める。映画史初期の女性監督についての言及。発表の途中で後ろを振り返る(前から3列目が個人的な指定席である)と、客の入りは6割と言ったところか。発表後、前触れもなく上映が始まる。黒人に変装した筋骨隆々の男が物書き机を破壊的にこじ開け、中から1通の手紙を取り出す。開くとそこには “IL CINEMA RITROVATO”の文字。宣伝であるが、いきなり拍手が起こる。(2日目に、この映像が今映画祭のプログラムに含まれる"Maciste"からの映像であることが判る。)この時点で客席はほぼ埋まる。編者Williamsによるドキュメンタリー。リーダーがそのまま入ったフィルムを連続。チネテーカ・ボローニャでの無声映画上映の、ほとんどの作品のピアノ伴奏を勤めているマルコ・ダルパーネMarco Dalpane氏とは違う演奏者、その演奏がうれしい。チネテーカの映写技師はいつも上映開始後にスクリーンのフレーミング調整をする。何とかならないものか。今映画祭の上映フィルムは各国から集められているため、外国語字幕の多くは英語とイタリア語の同時通訳がヘッドフォンで聞くことができるが、ピアノ伴奏と映画言語を信じて通訳を介さず全て鑑賞。しばしば救いがたい劣化を被っているフィルムもあるが、概ねそのコントラストのよさに驚く。

16:15 1906年(100年前)の作品特集。フィルムではなく、ベータによる上映もある。"Le vrai jiu jitsu"はフランス語の歌がついたサウンド映画。イタリア語ではfonoscena。どういうことか。タイトルから判るように、また「日本」という単語も歌詞の中に入っていたことから、何かしら日本のことを歌っていると察せられるも、内容までは判らず。映像は滑稽な格好をしたおじさんがニコニコ顔で歌っているものをフルショットで捉えたもの。構造はよくわからんが、シンクロはできている。"La femme collante"、ベロが糊になる女の顔芸、それに惚れ込んだ紳士がキスをすると当然くっつく、はさみで口ひげを切って、もちろんひげが女にも残るエンディング。次の作品はスクリーンに映写後に逆巻きであることが判明。しばし上映中断。ピアニストがjiu jitsuのフレーズを即興で弾き、場が和む。"La vie du Christ"では画面左端にパーフォレーションが見える。オーバー・ラップの多様。チネテーカの修復作品"La caduta di Troia"を観て以来、サイレント・フィルムのオーバー・ラップにしばしば感動させられる。"Madame a des envies"は何でも欲しがる夫人の話。子供が舐めているキャンディー、他人の飲む酒、すれ違う行商人のタバコ。浮浪者のバナナ。それらを完全に堪能する夫人を捉えるショットの背景は白で、物語から切り離されてるような印象。最近のお気に入りの技法で、今映画祭で取り上げられているジェルメーヌ・デュラック、イングマール・ベルイマンやヴィクトール・ショーストロムもしばし用いている。"La vérité sur l’homme singe"は毛生え薬ネタで、当然生えすぎるし、野性化もする。"Une course d’obstacles"は障害物競走ネタで、野外撮影のディープ・フォーカスに狂喜。

18:15 アルベルト・ラットゥアーダ特集が場所と時間変更になったことに気づかず、"La nostra guerra"と"Il bandito"を見逃すも、それらと入れ替わりでCinema Lumière 行われた座談会で、ベルナルド・ベルトルッチ、マルコ=トゥリオ・ジョルダーナ、ジャン=ピエロ・ブルネッタを見る。両手に杖をついてはいるもののベルトルッチは元気そうだ。フランス語風なRの発音が素敵。端の席に座った僕の2メートル左にジュゼッペ・ベルトルッチが壁に寄りかかりながら兄を見守る。『1900年』の編集を担当したキム・アルカッリKim Arcalli(Franco Arcalliとも)の思い出。イタリア戦中戦後史を取り上げた作品として、エットレ・スコラEttore Scolaの『あんなに愛し合ったのに』に言及。マルコ=トゥリオ・ジョルダーナの語る思い出。彼は1972年に絵画を志しパリに向かうも、そこで観たフランシス・ベーコンの作品こそが自分の描きたかったものであることを知り、打ちひしがれてパリの街中を歩いているときにベルトルッチの『ラスト・タンゴ・イン・パリ』の撮影に出くわしたとか。その後彼がたどった道を考えれば、この瞬間にベルトルッチとジョルダーナが並んでいることは興味深い。(ジョルダーナは『1900年』の続編とも評される『輝ける青春』の監督)テレビ映画についての言及。ベルトルッチの『ラスト・エンペラー』もジョルダーナの『輝ける青春』も元はテレビ用に企画されたもの。『ラスト・エンペラー』はテレビの小さいスクリーンでは中国人の顔が見分けられないから映画になった、などというジョーク。映画作品を読解する力の欠如incapacità di leggere i film。座談会が終わり、参加者が退場した後もベルトルッチ兄弟などを遠くから見つめる。朝の、チネテカ玄関前の騒がしさは、座談会の場所変更によるものと推測。確かに杖を突くベルナルドには、チネマ・アルレッキーノCinema Arlecchinoの会談はつらいかも知れない。
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by kantacantalavita | 2006-07-14 02:22 | 映画経験(filmについて)


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