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2006年 10月 29日

ポルデノーネ無声映画祭2006雑記

一応、前回の投稿で、「無声映画祭の何となくの紹介」、「映画祭の写真」、「特集・プログラム・イベントの紹介」、「映画祭のプログラムに関係する日本のイベントの紹介」、「映画祭初日から最終日まで」という流れでお届けしました、今年2006年のポルデノーネ無声映画祭を報告は終了です。全く学術的考察ではない、何かしら日記のようなのんきなものを目指したつもりですが、その時々で付け焼刃的な専門用語が出てきたり、掘り下げることなく丸投げにしてしまっているのは、僕自身の「まだまだ」の未熟さで、まあ今回はわれながらこれで良しとします。

ところが読んで頂ければはっきりと感じられるとは思うのですが、実に「取りこぼし」の多い報告でもあります。そりゃそうです。2週間も前のことを克明に記憶している脳みそなど持ち合わせていませんし、それを取り繕う雄弁な筆もありません。本来からして観た端からその映画のことを忘れてしまう傾向にある、ザルのような脳みそとその所有者なのです。そういうのは気づいた時や何かの折に思い出した時に、追々書ければ良いかなあと思います。

で、いきなり幾つかの補足。

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映画祭期間中、毎日18:00から書籍市会場脇の広場で開かれる「ミーティング」で唯一参加したイタリア映画界に関する座談会"immagini del cinema italiano"では、色々と興味深い話を聞くことができました。オンラインの所蔵目録をそれぞれのシネマテーク/アーカイヴが作るとか作らないとか、そのことに関して「ローマの『チネテーカ・ナツィオナーレ』はどう思うんだ!!」「フィルムを隠すな!!」とか、30年代のイタリア映画DVD集が作られるとか(この会社からはすでに「マリオ・カメリーニ×ヴィットリオ・デ・シーカ作品集」というのが発売されてます)、フランス人の学生がイタリアのシネマテークに関する本を執筆したとか、そんな話です。膨大な量の映画資料を抱えるトリノの映画博物館が具体的な計画を述べるかと思えば、ミラノのルーチェ映画会社は多くを語らず何か含みを残した印象を与え、聴衆に混じって話を聞いていたボローニャのチネテカ関係者は途中で姿を消し、国立であるチネテーカ・ナツィオナーレは最後の最後まで口を開かず、どこか知らん、開かれているようで謎の多いフィルム・アーカイヴ事情を垣間見た気がしました。座談会後に振舞われたワインとちょっとしたおつまみはとても美味しかったです。

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映画祭終了後、ボローニャに帰る前に、ポルデノーネから程近いカザルサ・デッラ・デリツィアに立ち寄りました。ピエル・パオロ・パゾリーニのお墓がある町です。前にも記しましたが、この町にあるパゾリーニ資料館の道向かいBar(喫茶店)のオーナーの息子がポルデノーネ無声映画祭の運営委員の一人です。先月9月20日にザヴァッティーニの墓参りもしたこともあって、パゾリーニの眠る町はどんなものかと興味はありました。無宗教者だったパゾリーニらしく、何の飾りもないただ名前だけが記してある墓石でした。質素だったザヴァッティーニの墓よりもさらに飾らず、でも、傍らに一本の木が植えてあるところは両者に共通しています。はるばる日本(実はボローニャとローマ)から墓参りにやってきた僕らに影響されたか知らん、Barでたむろしていたおじさん連中の一人が自転車を引いて同じ共同墓地にやってきたりもしました。穏やかな日曜日の穏やかな午後でした。

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映画の誕生について。以下は、ミケーレ・カノーザ先生の「映画学Filmologia」という授業で、先生が言ってたことの受け売り。一つの考え方ではあると思いましたし、なによりこれまで全く考えてもみなかったことなので少し。「エジソンのキネトスコープは誕生から程なくして手作業で色が付けられるようになった。リュミエール兄弟のシネマトグラフの映写では、最初の上映からすでにピアノの伴奏がついていた。このことを踏まえると『映画cinema』はそもそもカラーとサウンドを含んだものだった。白黒映画や無声映画とはその後に生まれたものなのだ。色にしろ音にしろ後から付け足されたものではなく、取り除かれたものだ。」どうです?新しい気がしませんか?それとも僕が知らな過ぎただけかしら。先生は一般的に考えられている映画史の方向性とはちょっと違うそれを強調してました。繰り返しますが、「一つの考え方ではある」と思います。年内一杯続くこの授業の今後の展開が楽しみです。

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「劣化フィルム映画祭」というのが世界に存在するかはわかりませんが、そんなものに興味を持つのは、僕のような行く先を見失いつつある人間の考えることでしょうか。でも、劣化したものも実は美しいんですよ。なにかしら愛しく思えてしまう。フィルム、映画、cinemaには相変わらず寛容です。
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by kantacantalavita | 2006-10-29 03:53 | 映画とは何か(cinemaについて)


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