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2006年 12月 01日

月間観た映画リスト2006年11月novembre

2006年11月に観た映画です。(2006年11月30日現在)

「コメントcomment」では、感想やらメモやらを観た作品ごとにまとめて記しております。多くは単語レベルでの雑記ですが、個人的な関心ごとという点から、使われている技術と物語の関係、さらには物質としてのフィルムへの言及を話題の主としつつ、その都合上物語の結末などにも触れる場合があります。それを理解いただいたうえで、更なるコメントなど寄せていただけましたら幸いです。


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以下、"原題", 『(あれば)邦題』, 監督, 製作年, 製作国, 上映時間

"NOSTRA SIGNORA DEI TURCHI", 『トルコ人たちのマドンナ』, Carmelo Bene, 1968, Italia, 125min

"DON GIOVANNI", Carmelo Bene, 1970, Italia, 80min

"CAPRICCI", Carmelo Bene, 1969, Italia, 89min

"L'IVRESSE DU POUVOIR", Claude Chabrole, 2006, Francia ecc., 110min

"JARDINS EN AUTOMNE", 『秋の庭(仮題)』, Otar Iosseliani, 2006, Francia ecc., 115min

"DOM ZA VESANJE", 『ジプシーのとき』, Emir Kusturica, 1988, Jugoslavia ecc., 142min

"L'UCCELLO DALLE PIUME DI CRISTALLO", 『歓びの毒牙(きば)』, Dario Argento, 1969, Italia, 103min

"SALOMÈ", Carmelo Bene, 1972, Italia, 71min

"OPERAI, CONTADINI", 『労働者たち、農民たち』, Jean-Marie Straub/Daniele Huillet, 2001, Francia ecc., 123min

"UN AMLETO DI MENO", Carmelo Bene, 1973, Italia, 70min

"HERMITAGE", Carmelo Bene, 1968, Italia, 25min

"UNDERGROUND", 『アンダーグランド』, Emir Kusturica, 1998, Jugoslavia ecc., 192min

"IL GIARDINO DEI FINZI CONTINI", 『悲しみの青春』, Vittorio De Sica, 1970, Italia, 90min

"GLI INNAMORATI", Mauro Bolognini, 1955, ITALIA, 82min

"LA SCONOSCIUTA", Giuseppe Tornatore, 2006, ITALIA ecc., 118min

"AGRIPPINA", Enrico Guazzoni (Cines Roma), 1911, Italia, 15min

"MADAME ROLAND", Enrico Guazzoni (Cines Roma), 1912, Italia, 13min

"ROBINET AVIATORE", Luigi Maggi (Ambrosio Torino), 1911, Italia, 4min

"TONTOLINI IPNOTIZZATO", (Cines Roma), 1910, Italia, 3min

"BATTAGLIA SUL PIAVE", 1916, Italia, 11min

"CENERENTOLA", Eleuterio Rodolfi, 1913, Italia, 30min

"IL BAULE MISTERIOSO", (Cines, Roma), 1919, Italia, 10min

"KRI KRI GALLINA", (Cines, Roma), 1913, Italia, 5min

"LA FLOTTA E GLI ESERCITI A SALONICCO", 1916, Italia, 28min

"AGRIPPINA", Enrico Guazzoni, 1911, Italia, 15min

"TONTOLINI IPNOTIZZATO", (Cines, Roma), 1910, Italia, 3min

"(LA PANTOMIMA DELLA MORTE)", Mario Caserini, 1915, Italia, 30min

"LA CADUTA DI TROIA", Giovanni Pastrone/Luigi Romano Borgnetto, 1911, Italia, 30min

"CRETINETTI E L'AGO", (Itala film, Torino), 1911, Italia, 3min

"GIORNALE DELLA GUERRA D'ITALIA N.2", 1917, Italia, 5min

"LA NAVE BIANCA", 『白い船』, Roberto Rossellini, 1941, Italia, 70min

"LA SIGNORA SENZA CAMELIE", Michelangelo Antonioni, 1953, Italia ecc., 98min

"VOCI NEL TEMPO", Franco Piavoli, 1996, Italia, 86min

"SILVIO PELLICO", Livio Pavanelli, 1915, Italia (Alba-Film, Roma), 70min

"KRI KRI MARTIRE DELLA SUOCERA", 1915, (Cines, Roma)Italia, 3min

"KRI KRI E CHECCO AL CONCORSO DELLA BELLEZZA", 1913, (Cines, Roma), Italia

"IN TRINCEA", 1917, ITALIA, 11min

"CENERE", Febo Mari, 1916, Italia, 44min

"ACROBATI COMICI", 1911, Italia, 3min

"PAESI DEVASTATI DALLA GUERRA: SAN MARTINO DEL CARSO", 1917, Italia, 7min

"LA SFIDA DEL SAMURAI", 『用心棒』, Akira Kurosawa, 1961, Giappone, 110min

"ROMANTICISMO", Carlo Campogalliani, 1915, Italia

"ROBINET SI ALLENA PER IL GIRO D'ITALIA", Luigi Maggi, 1912, Italia

"INGRESSO DEGLI ITALIANI A TRENTO E A ROVERETO", 1918, Italia, 16min

"CABIRIA", 『カビリア』, Giovanni Pastrone, 1914, Italia, 180min

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【今月のまとめ】
これまで培ってきたと思っていた文法が通用しないという意味で理解を超える作家たち、ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ、カルメロ・ベーネ。カルメロについては資料を揃えつつある。ミケーレ・カノーザ先生の授業「映画学」での特集上映"A nuova luce(新しき光に)"、来月はロシア映画特集、フィルム上映しかも無料という企画を立てられる先生と大学とそれを可能にしているイタリアのシネマテークその他全てに感謝。日本で見れない新旧イタリア映画のDVDを図書館から借りてみるようにしている。まだまだ観たい監督作品は多い。(計44作品)
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by kantacantalavita | 2006-12-01 08:01 | 映画経験(filmについて) | Comments(47)
Commented by kantacantalavita at 2006-11-04 01:51
『トルコ人たちの聖母』。原作の小説があるらしいが、映像を観る限りではそのオリジナルはあまり反映されていないのではないかという印象、すなわち怒涛のごとき映像と音声が、あるいは押し寄せ、あるいは重なり、あるいは断ち切られあるいは静まり返り、演劇やオペラでは独自の解釈・演出をしたと言われるカルメロ・ベーネだから、これは原作(文字)ではどのように表現されていたのかが想像もつかないという意味において興味深い。反面、言葉で語られる部分も多いので、映画作品としての評価は下せずにいる。今月は長短あわせて5本のカルメロ・ベーネ作品を観る。2001年修復版で、映像自体はとても美しい。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-04 07:04
『ドン・ファン』。プログラムには、「バルベー=ドールヴィイBarbey d'Aurevillyの『悪魔のような女たち』 より。16mmから35mmへブローアップされた。乱雑なモンタージュ。75分の作品に4000のショット。コスリッチCosulich(Callisto Cosulichか)によれば、『我らが自宅鑑賞用エイゼンシュテイン。ビデオカセットの到来を唯一証明する素晴らしい作品』。3㎡のセットで撮影されたが、その空間は解体し、めまいを引き起こさせる。」3㎡を全く感じさせない画面内と画面外。モンタージュとしての「表は服、裏は裸」の女性は、フォトグラム内でのモンタージュ(エイゼンシュテインだっけ?)を思わせる。オフの音声として伊語、仏語、英語が入り混じるもほとんど音として知覚する。俳優の発する言葉は極めて少ない。僕たちが「勉強」したモンタージュは大いに影をひそめる、初めてではないが稀有な新しい体験。カルメロ作品を2本観て、うんざりする半面ドキドキしている自分もいる。期待。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-06 07:52
原題"Capricci"は、「気まぐれ、わがまま、幻想、奇想曲」の意。観る前から何となく作風が想像できてしまうが、作品はもちろん想像を上回る。段々すごい人に思えてきたカルメロ・ベーネ。と同時に、時折ただやりたい放題にやっている「それだけ」の印象も拭えず、判断に困る。「ゲイジツ」と「シロウト」の差をそこに見出そうとする無力な試み。しかし少なくとも1人の観客をこれほどまでに興奮させる何かはあるのだが、その何かについてもまだ答えは出ず。共産党の印をが描かれた画を鎌と槌でぶちぬく。室内(女と老人たち)と室外(カルメロとアンヌ)という交わりそうな2本の線。カラー・フィルターとしての網タイツ。修復の甲斐あってか色がすごくきれい。よく知らないけれど、日本で言ったら鈴木清順なんかがこういう作家なのじゃないかなあ。『バルタザールどこへゆく』以来、アンヌ・ヴィアゼムスキーはお気に入り。目が良い。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-06 07:56
『権力への陶酔(仮題)』。4年ほど前に観た『いとこ同士』以来のクロード・シャブロル。80歳を超えているとか。デ・セータもそうだが、長寿の映画監督に触れる機会が多い。意に反するカメラの動き、予想外のカット尻の長さが面白い。突然の逮捕劇までのシークエンス・ショット、ワン・ショットだから良いってもんじゃない。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-07 12:07
『秋の庭(仮)』。久しぶりにODEONにて。上映開始直後に「静かに!」と叫んだ女の子は、上映中盤からずいぶん大きな声で話し始めた。「退屈」と言う声も。いやいや、相変わらず鮮やかな人間模様と軽いギャグ、言葉少なくとも人間は映画を観て笑うのだ。。鳥や絵画や銅像などのいつもの小道具。ピシェル・ピコリはおばあちゃん役。大臣室の控えの間、老いた秘書と通り過ぎるだけの人々と掃除婦の場面が、イオセリアーニの魅力の一つと考える。2年ほど前にまとめてイオセリアーニを観たがまたボローニャででもやってくれないかしら。オデオンのホールから見える映写機とフィルムと巨大な水平板フィルム巻き取り機(勝手に命名)という装置はトリノの映画博物館で見れるものと構造は一緒だと思う。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-07 18:01
先月末に新作"QUEI LORO INCONTRI"を見たばかりのダニエル・ユイレが亡くなっていた。もう少しあなた方の作品を見せてください。冥福を祈ります。

情報源はコチラ↓
http://eiganokuni.com/blog/hosokawa/2006/10/19_100.html

DVDと映画周辺に関する情報量には頭が下がります。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-10 10:15
『ジプシーのとき』。久しぶりのクストリッツァ。初めて観たのは『アリゾナ・ドリーム』で高校の時、次は数年前に大学の鑑賞会で『パパは、行方不明!』。

例えば今作では、ジプシーの有様を割とクールに描いているのに、物語内の「現実」と、登場人物の「夢(ミラノの大聖堂前の祖母、赤い玉)」、あるいは「幻覚(車の外のドレス姿の母親)」の境目をぼやかした、つまり現実とも幻とも言い切れない部分(川を泳ぐ人々、揺れる炎)を残したような語り口はこれまでに見た三作の特徴じゃないかしら。好み。『アリゾナ・・・』でも、魚が空を泳いでいたぞ。

イン(画面内)の音がアウト(画面外)になって、いつの間にかオフ(物語外)になる流麗さは素晴らしく、さらにその音楽が素敵と来れば、諸手を挙げて降参するしかない。

相変わらずの吹き替えの問題。ジプシーの言語に忠実に作った作品をそっくりそのままイタリア語に吹き替えてしまっては、完全にその意図はだいなしなのだけれども、それは日本語しかわからない人が日本語字幕で観ても一緒なわけで、困った問題である。でも今作はイタリアが舞台だし・・・。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-10 10:33
『ジプシーのとき』はやっぱり上映時間142分だった。日本ではカットされた部分があるということか。15分以上短いってずいぶんである。「カット」のコードというか基準がよくわからない。どういう映像があったらカットとか、何を言ったらカットとか、そういったものがまとめて書かれた書物を欲す。

前コメントで書き忘れたので、ここで言う。突っ込みどころの多い作品である。捉えるべき人や狙うべきモノと、カメラ(レンズ)の間に、やたら目立つ異物を配置するショットが気に入った。雨の中シーツをかぶって走る主人公のロングショットとカメラの近くを歩くアヒル、踊るばあちゃんとその友人と彼らの顔を隠しさえする電球、とか。丁寧に拾ったらまだまだあるだろうし、拾うに値する意図がありそう。

双眼鏡とか鍵穴の「マスク」はよく見るが、ハート型というのは初めてじゃないか知らん。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-16 23:51
『歓びの毒牙(きば)』。クロモスコープcromoscopeという画面サイズの発見。テクニスコープの別名。スタンダードを半分にして撮影、アナモルフィックレンズで圧縮してポジを作り、逆方向のアナモルフィックレンズで映写。『夕陽のガンマン』の修復版解説にあった2Pというのがこれで、「パーフォレーション2個分」にその呼称は由来する。画面が粗くなるのが特徴で、そこを有効に使えばフィルム半分の長さで撮影は済むので経費削減はできる。そして得られるワイド画面を最大限に活用したのが、冒頭の殺害シーン。すっかりトリックに騙されて画廊オーナーを犯人と思っていて、彼が死んだ後主人公の妻が失踪した瞬間、「これは不条理映画か。」と誤解してしまう。それならそれで面白かったとは思うが、そうでなくても垂直俯瞰から町の遠景になるワンショットは華麗。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-16 23:53
『労働者たち、農民たち』。既見の『エンペドクレスの死』、『あの彼らの出会い』より楽しんだのは、エリオ・ヴィットリーニElio Vittorini原作の『メッシーナの女たちLe donne di Messina』が、自分の興味に近いからか。この作品を観ることも重要であったけれども、観た後では原作がより興味深い。1巻と2巻くらいまではフレーム内周辺がぼやけている。その後修正されたところを見ると、プリントのミスか映写ミスか。本来「語る」はずの「映像美」が蔑ろにされているように思う。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-16 23:55
『サロメ』。毎度理解を超えるカルメロ・ベーネだが、今回はその「色」、「画」で観客(僕)を打ちのめすという手段で喜ばせてくれる。情けない話だが、こんな色映画は観たことないし、さらに情けないことにあの色映画を表現する言葉を僕は持たない。人間の知覚を越えるショットも健在。70分かそこらの作品で約4500ショット。「針穴にらくだを通す」コミカルなアニメーションと、バプティズムのヨハネとしてのスイカと、叩かれる尻と映りこむ性器。今回の特集ではこの『サロメ』だけ一回しか上映しないということ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-18 10:17
"un amleto di meno"。冒頭の粗い白黒画面とカラーのカルメロ。純白のセットと多色な小道具。砂浜の墓場。台詞が多すぎるのは仕方ないと言えど。個人的に白いセットはカラーでも白黒でもいいことがわかる。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-18 10:20
"Hermitage"。音とアクションのシンクロ(青いバラなど)。非常に狭い範囲での撮影。集中力に欠く(のは私です)。カルメロ・ベーネに関しては実に言葉少なな私。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-18 10:37
『アンダーグランド』。金曜日の夜22時30分からの上映にあれだけの人が集まる国である。「地下で繋がっている」とか「水面下で結ばれている」とかいう表現を文字通り映像にする発想。自らを「ユーゴスラビア人」と名乗っていた人たちはこの映画をどのような思いで観るのか。尻と花と三連鏡、逆さのキリストとその周りを回る車椅子の上で燃える二人、カラーで見ることのできる第二次大戦当時の映像と歴史的人物たち、ヴィゴ的水中撮影(ヴィゴしか知らないという事実)、伝記映画撮影現場、額をつき合わせて歌う三人を真下から撮るショット。ドイツ語と字幕(何語?)がわからず。『1900年』や『輝ける青春』や『ユリシーズの瞳』と同様(語弊はあるが)、一家族の歴史で国の歴史を語る作品って、まだまだあるんだろうなあ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-20 03:26
『悲しみの青春』。広角レンズで捉えたフェッラーラの町並み数ショットとスローモーションのテニス、というエンディング。自転車からの主観ショット、自転車に乗る若者たちを捉えたショットの、不安定さはなかなか面白い。メドゥーザMedusaから出ている"Il Grande Cinema"というシリーズのDVDで鑑賞。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-20 06:46
『恋人たち』。ローマ方言って面白い。が、字幕がなかったらさっぱりわからん。ダンスホールの切れ、後半の盛り上げ方、子供の使い方、登場人物もローマ郊外の人間のうちの一人でしかないという描き方(街に消えるカップル)。ボロニーニにはネオレアリズモなんて感覚はほとんどないんじゃないか。フェッリーニやアントニオーニのように、戦後すぐに仕事を始めて十分監督できるようになった頃には流れとしての「ネオレアリズモ」はもはや過去のものになっていた、そういう作家たちの一人じゃないか。ボロニーニも今のうちに見ておかないと帰国してからでは遠くなってしまう一人である。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-21 09:46
『見知らぬ女』。初Fulgor。平日午後(17:50)ということもあってか、客層はかなり年配者で占められる。静かでいい。映画館自体は古いものらしく、シート、床、天井に雨漏りの形跡。やや長ったらしい前半も終幕への布石として考えれば、納得がいく。やや強引な感じは受けるが、絡まった紐が解けていく様は鮮やか。気がついたら必ず聞えるモリコーネの音楽は時としてやや過剰な気もする、「鳴ってない時」について考えてみたい。映画作品批評についての議論が盛んなこの頃なので、そのことを意識しながら鑑賞するも、実は最後の方では圧倒的に魅せられていることに気づく。ミケーレ・プラチドは完璧。端役としてのマルゲリータ・ブーイ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-22 05:07
『アグリッピーナ』。今週から来週にかけて、カノーザ先生企画の無声映画特集「新たなる光に」。今回はイタリア映画選。近々ロシア映画特集も。手探りの上映、fpsの調整。ずれっぱなしのフォーカスが修正された時、映写室から女の子たちの歓声が上がる。毒殺シーンで手から落ちた杯が偶然立つ奇跡。ロケーション、パンニングあり。16fpsはずいぶんチラつくんだ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-22 05:08
『ロラン夫人』。女の衣装「黒っぽいベルベッド」に見るコントラストの妙、あそこにこのフィルムの魅力が象徴的に凝縮されていると思う。オリジナルは352mだが現存版は250m。16fps。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-22 05:10
『飛行士ロビネ』。冒頭に一瞬だけ映った本物の飛行機は映写のフレーム調節によって台無しにされる。鳥の形で飛行機を模索していたのに出来上がったのは魚の形という笑いと真意。錨で屋根やら塔やら人間を吊り上げる、セットの迫力、迫真。墜落して建物の床を突き抜けるモンタージュによるギャグ。大いに楽しむ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-22 05:13
『トントリーニ、催眠にかけられる』。フィルムが逆巻き(裏巻き?)、ピントも合わない。羽に掛けられた魔法、釘付けの視線。バスト・ショットに近いフレーミングあり。先生は逆巻きのことを「mancino左利き」と表現した。18fps。『アグリッピーナ』と『トントリーニ、催眠にかけられる』は上映ミスもあったため後日再度映写とのこと。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-22 05:19
『ピアーヴェ川での戦闘』。20fpsと説明にはあるが、どう見ても映写は合っていない。様々な種類の大砲、大砲、大砲。発射の近接ショットの連続と煙としてしか見えない発射点の交替モンタージュ。数人掛りでも動かしきれない大砲は、人の力を超えつつある戦争を如実に表す。雲の中の飛行船を仰角で捉えたショットはトリックではない美しさ。最後のショットは画面右に乳剤の溶解がそのまま残る。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 06:49
『シンデレラ』。トリノのアンブロージョ撮影所の様子が見れる。ディープ・フォーカスの大スタジオは見物である。撮影しているカメラを撮影するメタ映画の走りか。市電に乗るシーンのロケと「ロケ撮影」に出かける撮影班のロケ撮影。この時代のイタリア映画を支えた金持ちたちの存在は『恋するマチステ』にも描かれていた。突然のエンド・マーク、欠損多し。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 06:50
『謎のトランク』。事前に配られた説明との物語の一致を探すのが難しいくらいに多くが失われている。ただ今日の4作品に特徴的な野外撮影は美しい。突然の終幕。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 06:52
『鶏になったクリクリ』。今年のCinema Ritrovatoでも楽しんだ作品。冒頭の、画面手前に足を投げだすようにして座るクリクリのショット。英語字幕。この時代のイタリア喜劇は、その字幕の多言語具合から国際的に需要があったということが判る。目覚めの部屋の卵の三段落ちは抜群。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 06:57
『テッサロニキにおける連合軍とその船団』。海上の船、港の船。逆光の中の海面のきらめきと右から現れる黒々とした船のコントラスト。遠景のテッサロニキをパンして全貌を捉え、そのまま港に停泊する無数の船々まで映すショットは素晴らしい。冒頭に「1部」とあったので期待したが、続きはなし。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 06:59
再度『アグリッピーナ』。常にフル・ショットという撮影方法による登場人物の混乱、唯一ネロに一度だけニー(膝上)・ショットがあるだけに何とかできたのにしなかったという意思みたいなものを感じるのは深読みか。毒を試す場面で男は右画面外に消え、倒れた瞬間再度姿を現す、ネロの視線と画面外の意識、あるいはマスケリーノの誤り。同様の撮影方法でアグリッピーナの殺害シーンもあるが、左面外に消えた彼女をカメラのパンニングで再フレーミングするという違い。立ち上がる杯の愛しさはいつの時代も普遍である。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-23 07:00
『催眠にかけられたトントリーニ』。催眠にかけられるシーンの椅子でずっこける様は素晴らしい。鳥肉屋の親父を追いかける場面の奥行き。先生は相変わらずこの作品で声を上げて笑っている。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-24 05:22
『死のパントマイム(?)』今回の特集を実質的に取り仕切っている女の子が友人ルカと話しているところを耳にはさんだところによると、どうやら予定していた作品とは違うものがフリウリのチネテカから来てしまったらしい。最低タイトルが何であるかが判れば僕は言うことはないが彼女からの言及は今日はなし。以下、名も知らぬ作品についてのメモ。画面の奥行きの使い方が特徴で、人物が置くから現われ手前で演技して再び奥に消えるというシークエンスショットが典型、それに伴う人物配置(奥にかしこまる召使い)。字幕番号が20番台から40番台に飛び再び20番台になってさらに40番台に飛んで以下そのまま。壁を越える場面の奥に見える木が美しい。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-24 05:22
『トロイ落城』。ピントずれ、ここまで続くと何か知らん不可避的なもの(fpsの調節とか、あるいは映写の根本的な問題)かと勘繰ってしまう。ハイライトで一番色が見えるimbibizioneなのだから、空が白い庭の場面はviraggioによる着色か?パリスとヘレネがオーバーラップのアフロディテに消される場面は何度見ても美しい。ベールの透け具合、アクションのタイミング、いずれも完璧である。ギリシャ軍のトロイ入場のシーンもその持続時間と煙の中を駆け抜ける兵士の美しさゆえに好きな場面である。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-24 05:24
『クレティネッティと針』。クリクリ、トントリーニらと共にイタリア喜劇を代表するクレティネッティ(アンドレ・ディード)。オリジナルは172mだが修復版は140m。例によってドイツ語字幕で、セット内に見える文字はイタリア語である。輸出。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-24 05:25
『イタリアの戦争に関するニュースその2』。不適切なfps。調節できるならやりたまえ。この種のドキュメンタリー映像(フィルム)は、上映回数が少ないからか、保存状態が良いもの(修復でほとんど完璧によみがえるもの)が多いのかしら。飽く迄製造者販売者の弁だが(うまくいって)寿命100年と言われたナイトレート、第一次大戦の映像を残すなら今しかない。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:02
『白い船』。レンタルDVDで未見のロッセッリーニ。不鮮明な音声と、それを夜中に低音量で見たのとで、話しの内容はよくわからずじまい。カノーザ先生の授業で第一次大戦時の戦艦の様子を見てるので、比較が可能である、約30年間の戦艦の歴史。そそり立つ大砲の短いモンタージュ。発射などの実際の映像。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:05
『椿を持たぬ夫人』。アントニオーニの未見作品、レンタルDVDにて。随所にシークエンスショット。映画撮影の裏舞台、抱き合う二人と背景のスクリンに映るライティング技師の影。「ファルコネッティとバーグマンの次がこれとはね」的発言がイタリア語字幕になってない。ベネチアの映画館のその寒々しい姿で女性の心理を表現している(ように見えた)のはアントニオーニ節か。当時のチネチッタの中が見れる、エキストラの中を彷徨う女のシークエンスが良い(良すぎてPCの壁紙になった)。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:06
『時の中の声』。レンタルDVD。物語なのかドキュメンタリーなのか、いずれにせよパソコンの画面で見る作品ではない。意表をつくスチル写真の使い方だが、それがあるからこそ「動いてないようで動いてる」ショットが生きてくる。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:06
『シルヴィオ・ペッリコ』。オリジナルは1500mで70分とのこと、1915年ですでに映画は「長編」化している。飛び跳ねる映像、フリッカー、左端にパーフォレーションが映り込む。牢屋の壁が空虚なのはそこに家族の映像をオーバーラップさせる伏線か、スクリーンとしての壁。馬車から身を乗り出す女の近接ショット。近年挿入されたと思しきショッキング・ピンクの字幕の美しくなさ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:07
『クリクリと義母』。妻の母(Sofonisba)が怖くて円形脱毛になるクリクリ。風のせいか、壁が「揺れる」、セット。床が抜けて母親は下の階に落ちるが、すぐさま逆回転してもとに戻ることのわからなさ。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:08
『クリクリの美人コンテスト』。ドイツ語版クリクリはcinesinoという名前になる。吊るされて悪巧みの一端を担うことになる猫の「情けなさ」、居心地の悪さ、素晴らしき「演技」。字幕の左下の情報「1159 T 5」は左から「作品番号」「Tedesco(ドイツ語バージョン)」「字幕番号」か。「T」が合っていればこの字幕はイタリアで作られたことになり、「cinesino」というイタリア語風のドイツ名も納得がいくのだが果たして。
Commented by kantacantalavita at 2006-11-29 07:09
『戦時中のトリエステ』。冒頭、上下がひっくり返ってる、巻き取り忘れかな。トリエステの遠望とパン、仏英の字幕、フォトグラムの中央に「剥がれる」ように残る損傷、他の映像が「はりついて」いる場合もあり。どういう状態でフィルムがフリウリから届くのはわからないけれど、少なくとも上映前に点検をしていないのは良くわかる。フィルムの保管のされ方も一様ではないということ。逆巻き、巻き取り忘れ。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:06
『灰』。カメラに映りたがらないエレオノーラ・ドゥーゼEleonora Duse。頭巾で顔を隠し、カメラに背を向け、近接ショットを排除する。人物の影で表現、麦挽き小屋に来た息子が入り口で手を広げる、眠れぬ息子が窓から顔を出すと消える母。劣化のいたずら、幾つかのシーンで乳剤が完全に失われてる、しかも肝心な時にやってくる周期、失われてるから愛しいのか、映りたがらないエレオノーラの呪いのように彼女の笑顔はほんの一瞬しか見えない。ちなみにvia Eleonora Duseは4月まで住んでいた通りの名前。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:07
『曲芸喜劇』。動く映像という以外では全く映画的ではないフィルム、だけれど楽しいのはやっぱり動くからだ。動かない絵で描いた背景も意味がわからなくて面白かったけど、街の俯瞰遠景、無数の煙突から煙。Tontoliniとしてのフェルディナン・ギョームFerdinand Guillaumeという役者。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:09
題名を含み一切の情報不明。高台から平地を眺めて作戦を練る、あるいは指示する指揮官の画は、今回の特集で観たことがある。使いまわしか。広場の兵士たち、カメラに手を振る、パンの方向に合わせてうろつく。機関銃の威力。大学の授業でこういう映像が見れるということ。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:11
『用心棒』。何年ぶりかの黒澤明。高校生の頃はあまり楽しめなかったのだけは覚えているが、あれから10年が過ぎ大人になったか大いに楽しむ。音楽と望遠レンズ。安売りDVD、動きの速い黒い部分に横線が見える。音声があまり良くないのでイタリア語字幕をつけて鑑賞、猪之助、兎之助など、説明しに苦労にしてるのがよくわかるし、訳すのを諦めているのもよくわかる。格子越しのディープ・フォーカスの妙。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:12
『ロマン主義』。配布プリントにあるCamillo De Riso版ではない同名作品と上映前に修正、しかしオープニング・クレジットにはしっかり彼の名前が、どういうことか。読みづらいフォント、庭を歩く逆光女、イタリア無声映画における愛国モノというジャンル。先週からのこの特集"A Nuova Luce(新しき光に)"で初めて眠気を覚える。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:14
『自転車競技に備えるロビネ(自転車競技者ロビネ)』。冒頭、ピントが合わず調整したら映写機の音がものすごいことになってやや驚く。レンズと機関部にどんなつながりが。ロビネRobinetとしてのマーセル・ファブルMarcel Fabreという俳優。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:17
『トレントとロヴェレートへのイタリア兵進入』。「映画は生まれながらにしてカラーだった」論に慣れてきたところで今日の三本ともが白黒で、やや物足りなさまで感じるほどに。思えば数年前の京都でのイタリア無声映画特集ではとてつもない違和感を覚えたものだが。再び英仏字幕、前者が1行にもかかわらず後者は5行もあるというのはどういうことか。イタリアの撮影班に対して笑顔を見せるオーストリア兵捕虜。例の剥がれたり癒着したりの劣化が見られる。
Commented by kantacantalavita at 2006-12-01 08:20
『カビリア』。2006年トリノ映画博物館修復版、イタリア語字幕。ポルデノーネで見たプリントもトリノ2006版だったが、あれは英語字幕で、その字幕の長さ多さに辟易したがイタリア語版の今回はそれを感じず、二種類の修復プリントがあるということかしら。染色フィルムの色の数が面白い、紫とか桃色とか紺色とか緋色とか、黄色にも色々ある。カノーザ先生は、染色では色の数に限界があるといったがもちろんあれは当時のことで、今はそれも改善されたということか、そもそも今の修復でも着色まで修復してることを願うが果たして。モロク神殿で生贄にされる子供たちのモンタージュの違い(裸のカビリアの挿入位置)が今後の課題。


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